自分のこと

ゲームブロガーは、ゲームを一つに絞るべき?

こんにちは。Sachaです。
近頃ゲームをやる時間が取れません。

今回は、ゲームブロガーさんにありがち?かと思う、「ゲームブロガーはゲームを一つに絞るべきか」という点について考えていきたいと思います。

私の場合

私自身の話になってしまいますが、私はゲームの他にも全く別の分野のことも同じブログで書いています。

SEO的な観点で見ると、ゲームならゲームだけで絞った方が本当は良いような気もするのですが、今回考えたいのはゲームの数。

今まで私は以下のゲームをプレイして、記事にしてきました。

Hidden City
モンスト
マイクラPE

ちなみにですが、記事にしていないゲームもあります。

Faith
PUBG

Faithに関しては、記事にしようか迷い中です。
PUBGは、もう少し上手くなったらYouTubeに配信しようか迷っています。

やっていたのに、現在は手をつけていないのが以下のゲーム。

ハリーポッター
Faith
モンスト
RPGクリエイター

何故かって、全部やるには時間が足りなすぎるからです。

Hidden Cityは物探しゲームなので、攻略が出来ても、攻略記事を作るのに、主に画像編集で時間を取ります。

そうこうしてるうちにイベントが終わってしまったり…。

最近、マイクラをまたやり始めましたが、プレイすると、やっぱり時間が掛かるんですよね。

私の場合、平日の自分の時間は「3時間」と思っているのですが、

記事のための調べ物や画像編集
記事を書く時間
プレイ時間

を考えると、結構キツキツな時間に…。

記事にはしなくても、ゲームの内容として面白いものは、割と実況プレイとしてYouTubeも利用しましたが、実際今やれているのは、「マイクラPE」とたまに「PUBG」になっています。

他にもマルチでやりたがるから、余計時間が無くなる!

私に言えた話になってしまうかもしれませんが、私のブログは基本的にジャンルを問いません。

ゲームのことを書いてたと思ったら、突然美容のことを書いたり、趣味のことを書いたり。

毎日必ずゲーム記事をあげるというルールとかは特に無いので、交互なり、数日に一回なりのペースで別ジャンルの記事を書くのも可能ではあります。

それでも、何か一つのものに打ち込んでる場合よりは、一つずつにかけられる時間は少なくなりますよね。

「1つに絞る」そのメリットは?

何にしても言えることだとは思いますが、やっぱり、1つの事を熱心にやっている方は、知識量も情報量もとてつもなく多いですよね。

このゲームならこの人!という代名詞にもなるのではないでしょうか。

やり込んでる方の実力って、見ていて本当に尊敬することが多々あります。

サイト的に見ても、来た人が、この人のサイトはこのゲームのサイトなんだと一発でわかるのも、良いですよね。

ちょっぴり怖いのは、そのゲームが終了してしまうこと。
ゲーム選びが重要になってくる気がします。

「マルチに攻めてく」そのメリットは?

実は私は、本当はマルチに行くのなら、ゲームごと、ジャンルごとにサイトを分けた方が良かったのかな…と今更思ったりもしています。

ただ、今更過ぎるし、私はあれもこれも手をつけてる分、分けてしまうと、さほど記事数がないゲームもあります。

だけど、トップページとカテゴリーさえしっかりしてれば、1つのサイトでもマルチな分野の取り扱いに支障はない気もします。

まだ私のサイトはガタガタですがw

マルチなサイトの場合、来た人が他のゲームや他の話題にも興味を持ってくれるというメリットがありますよね。

ネットサーフィンって、気になる気になるの連続だと思うんです。

他の記事が気になって、読んでるうちに時間が経つみたいな。

そういう面で見ると、沢山の分野を扱うのも良いのかなぁ。

つまるところ、サイトの構築次第?

私は多分野に手を出すと言いましたが、アクセス数が多いのって、ゲームの攻略関係やアプリの使い方なんです。

でも、どの記事がどんな風に役に立つのか、案外分からない時もあります。

あっ、この記事需要があるんだ?って気付かされることも。

私は欲張りなので、限られた時間でも色んなことをやりたいし、色んなことをシェアしたいというのが本音です。

ただ、ゲームをひとつに絞るにしても、結局のところ、サイトの構築がガタガタだと、見なくてくださる方も多分リピーターにはならないような気がするんです。

この人のサイトなら見つかるかも…と思った時に、いかに見つけやすいか、いかに見やすいか、そういうのって大切だと思います。

内容もそう、私もまだまだですが、見て頂いた方が面白いと思えるような記事であることも大切ですよね。

根強いゲームについて、沢山、そして深く書くなら、一本。
様々なゲームの重要どころを押さえていくなら、マルチ。

と言った感じでしょうか?

ゲームブロガーの皆様はどうされていますか?

それでは、今回も閲覧して頂き、ありがとうございました。

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思考整理にはマインドマップ?マンダラチャート?

こんにちは。Sachaです。

私生活においても、仕事においても、自分の考えていることややりたい事が多すぎて、頭が混乱するときってありませんか?

私は結構常に脳内フル稼働で考え事をし過ぎてしまい、いざ何かに手をつけようと思うと、何から始めていいか分からなくなることが多々あります。

なので新年を迎えた時に、脳内整理から始めようとしました。

今回は脳内の思考整理をするための方法について書いていきます。

思考整理にマインドマップを使ってみる。

マインドマップとは、自分の考えをマップ上に分野ごとにどんどん広げていき、自分の思考を見える化させるものです。

具体的な方法としては、アプリやソフトを使う方法、手書きで紙に書く方法があります。

私は基本的にスマホ中毒者なので、PCを使うのならスマホを使いますが、スマホでのマインドマップはこんな感じです。

こちらは Mind VectorというiPhoneのアプリの画像です。

これは、アプリ内にもともと見本として入っているマインドマップ。

マインドマップのアプリはAppストアでも、グーグルストアでもたくさん出ているので、ご自身にあったものを探されるのもありです。

上記写真の通り、マインドマップでは自分の思考の根本にあるものを真ん中に設置します。

私の場合は「2019年」で今年やりたいことを手書きで紙に書いて、広げていきました。

アプリやソフトでも、手書きでもどちらを使っても、考えさえまとまれば、問題はないと思います。

アプリやソフトと、手書きのメリット・デメリットは?

私は、脳内整理をしたいときに重要なのは「きちんと脳内が整理されること」だと思っています。

だって、脳内の思考を整理したいのだもん。。。

私はアプリしか使っていないので、ソフトについては分かりませんが、やっぱりデジタルで作るものは見やすく、文字もきれいですし、色分けもできます。

そういった面では、自分が見直すときにわかりやすいマインドマップが仕上がるのではないかと思います。

ですが、それでも私がアプリではなく手書きに切り替えたのは、操作性の問題です。

頭の中には思うこと、考えることがたくさん詰まっているのに、それを書き出すまでにアプリを使いこなさないといけない。

しかも、綺麗に作成できる分、なぜか見栄えを気にして配置をごちゃごちゃ移動させたり、色を変えてみたり、思考整理の最中にでさえ、考えることが増えてしまったんです。

そういった意味だと、手書きは配置が汚くなったり、色も単調(もちろん色分けしても良いと思います)になってしまいますが、何よりも自分の考えを汚くても書き出すことはできます。

私みたいにあれもこれも考えているような方は、見栄えを重視したものよりも、いかに自分の脳内情報を外にアウトプットし、それを仕分けできるかが重要になってくるような気がします。

どちらがオススメというよりも、いかに自分の思考が整理できるかという点を踏まえ、マインドマップを書いてみると良いと思います。

明確な考えをまとめたい時や、目標達成にはマンダラチャート!

マンダラチャートは、9×9のマスにやりたいことや、目標達成に必要なことを書いていくものです。

言葉では、なんとも説明しにくいので、こちらの画像をご覧ください。

こちらは「72Action」というアプリを使ったものです。

画像の下の点マークはページ。無料だけど、何ページもマンダラチャートが作れます。

現在、私はマイクラPEをプレイしていますが、思ったよりもやりたいことが多くなってしまい、その時に作ったものです。

真ん中の9マスの中心部分(黄色)がメイン。

その周りに分野としてやりたいことを8つ書いていきます。

アプリなので、たとえば真ん中の赤マス部分に記入をすると、自動で上の赤マスにも文字が反映されるようになっています。

8つの分野に書かれたことを更に8つに細分化していくんです。

自分が何をやろうとしているか、どんなことを思っているかが、81マスのワンシートできちんと見えるので、わかりやすいですよね。

こちらのマンダラチャートはスポーツ選手や起業家の方も使っているそうです。

9×9のマス目さえあれば、手書きでも問題ないと思います。

私は線を引いたり、そういう作業が嫌いなのと、スマホで見ながら確認したいものだったので、アプリを利用しました。

こちらは大規模な思考整理というよりも、自分の思考の一部をさらに整理するのにむいているかもしれませんね。

なにか、目標を達成したいときにやるべきこととしてもまとめられるのではないかと思います。

もう2月に入ってしまいましたが、皆様も自分の脳内を整理して、やりたいことや目標、考え事をアウトプットしてみてはいかがでしょうか?

案外見える化すると、行動もしやすくなりますよ。

それでは、今回も閲覧していただき、ありがとうございました。

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死ぬまでにやりたい100のこと!実はずっと書きたかった。

こんにちは。Sachaです。
今回は、死ぬまでにやりたい100のことをリストにしていきたいと思います。

多趣味な私なので、やりたい事は沢山あります!

オーストラリア編

1.オーストラリアに住む
2.オーストラリアで起業する
3.おすすめの美容品のブログを書く
4.あわよくばYouTubeで紹介
5.語学学校を開く
6.全部の店を堪能する

仕事編

7.個人事業主として生きる
8.自身のブランドを立ち上がる
9.マンガ家になる
10.小説家もなってみたい
11.イラストで仕事をする

趣味編

12.服を自分で手早く作れるようになる
13.世界一周旅行
14.USJでハリーになる
15.ハリーポッター英語版を読破
16.英語をペラペラになる
17.ドールハウスを作る
18.マイクラでお城をつくる

美容編

19.満足するまで脱毛をする
20.美容室で特別なトリートメントをしてもらう
21.エステに通う
22.知識をつけて化粧品を自作する
23.服の大人買い

生活編

24.犬を飼う
25.子供3人授かる
26.親を安心させる
27.防音室で熱唱する
28.金持ちになる
29.金縛りからの幽体離脱
30.オシャレな家具を揃える

自分自身編

31.努力した結果を見れるまで努力する
32.何かの個展を開く
33.たくましい女性になる
34.博識になる
35.自給自足で身の回りのアクセサリーや服をまかなう
36.レーシック
37.インプラント
38.レーザー治療
39.病気の克服

夢編

40.エアーズロックで愛を叫ぶ
41.オーストラリア一周
42.ロンドンでハリーの聖地巡り
43.スキューバダイビング
44.船旅をする
45.グローバルな生き方をする
46.フルーツバイキング
47.スカイツリーに登る
48.オーロラを見る
49.韓国語をペラペラになる
50.資格をとりまくる

さて、ここまで来て、50個のやりたい事を書きましたが、結構悩みました。

思ってるより、やりたい事を既にやってることに気付いたりもしました。

残り50個は、もっと細かなことや、上記のカテゴリで書き忘れたことを挙げていきたいと思います。

書き忘れてたやりたい事

51.ケアンズのラスティーズマーケットに毎週末行く
52.韓国の化粧品を買い漁る
53.ライブをする
54.本を出版する
55.ネット界のマルチなフリーランスになる
56.オーストラリアの良さを日本に伝える
57.作詞作曲する
58.デザイナーになる
59.教育関係のサイトをつくる
60.栄養関係のサイトをつくる
61.講演をする
62.日本縦断旅行
63.日本とオーストラリアの架け橋になる
64.筋肉をつける
65.敷居の高いお店に行く
66.強くなる
67.iPhoneを充分に使いこなす
68.リメイクの天才になる
69.節約のプロになる
70.ブログがバズるようにする
71.ゲームを作る
72.ノート術を身に付ける
73.週一でケアンズのラグーンに行く
74.何かの道でトップになる
75.特技をつくる
76.旦那と二人でキャンプに行く
77.旦那がたまげるようなサプライズ
78.鍾乳洞を見る
79.ハリーポッターオタクになる
80.打ち込めるものを増やす
81.css,htmlを使いこなす
82.オリジナルのものを開発する
83.TOEICで高得点を取る
84.ストイックになる
85.水泳に通う
86.ジムに通う
87.何かをやり遂げる
88.豆腐を好きになる
89.Wikipediaみたいな女になる
90.運動習慣を身に付ける
91.オーストラリアの企業に取材
92.パラシュートで落ちる
93.天の川を見る
94.アプリを開発する
95.良いと思うことは癖にする
96.ハムスターの遊園地を作る
97.夫婦茶碗を作る
98.ピアノを弾きこなす
99.愛のある人間になる
100.幸せだと思える人生にする

書いてみて思ったこと

率直に言うと、100個を書き出すのは案外大変でした。

何もやりたいことをやっていないようで、実は色々経験していたり、やりたいことが偏っていたり…。

やりたいことというか、願望を書いてるような部分もありましたがw

だけど、書いてみて思ったのは、時間やお金さえあるのなら、やりたいことは山ほどありました。

人生一度きりなんだと思うと、本当に一分一秒を大切にして、やりたいことを実現させていきたいなぁと。

残された時間は誰にも分からないからこそ、最期の時に、ああしとけば良かったこうしとけば良かったなんて後悔はしなくて済むように。

そして、年齢関係なく夢を持つことは、私は大切なことだと思います。

私は夢ばかりもって、なかなか行動には移してなくて…そうこうしてるうちに年月だけ経ってしまって。

振り返った時に、頑張ってこれたという証を残せるよう、日々精進していきたいと思いました。

ぜひ皆様も書いてみてください。
きっと、前向きな気持ちになれますよ。

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2019年の目標達成に向けて

こんにちは。
実は前回にブログを書いてから、数ヶ月が経過してしまっています。

ブログを書かなかった期間、私は休息期間として過ごしていました。

2018年が自分にとってどんな年だったか、2019年はどう目標達成していきたいのか、自分なりの抱負を書いていきたいと思います。

悲惨だった2018年

何から言えばいいのか、なんのせいにしたらいいのか、正直分からないほど、2018年はとても悲惨な年でした。

そもそもとして、私は厄年というものを信じるタイプではありません。
ただ、去年の私は本厄(というか2/3までは)だったのです。

メンタル的な不安定さは、病気の影響もあり、いつも通りの事ではあったのですが、10月に私は極度の鬱状態に持っていかれました。

唐突に楽になる方法を探し求めた私は、自らの命を終える日を決め、そのための身辺整理をし、やっと平常心を取り戻しましたが、本当にこれでいいのかとふと我に返り、かかりつけの病院へと向かいました。

結果として抗うつ薬を貰うことで、今もこうして生きていますが。

私にとって、付きまとってくるストレスというのは、「お金」にあります。

うまく外で働く事が出来ない身体になってしまった事で、常に生活はカツカツな状態。

家に居る間に出来る副業的なものとして、私はイラストを描いたり、LINEスタンプを作ったり、ゲームの攻略をしてみたり、それをきちんとこなすために、スケジュールまでしっかり組みました。

ちょうど同時期に重なっていたのが、宅建の試験。

今思えば、私にとって、キャパオーバーだったのだと思います。

お金を稼ぐために、重い腰を上げてパートへと出向き、帰宅したら動けずに布団に直行。

食欲も無く、布団にこもりながら、それでも稼がなきゃと、ガムシャラに絵を描いたり、宅建の勉強をしたりしていたのです。

厄年だと片付けてしまいたい気持ちもありますが、今、冷静に考えてみると、自分のキャパと体調のバランスを、きちんと考えられていなかったのだと思います。

帰宅時間が遅くなる日もある中で、その日の課題を無理にでもこなそうとしたこと、余裕を持たせなかったこと、楽しく行動を起こしていたわけではなく、義務感で取り組んでいたこと、全てのことがストレスになっていたのではないかと…勝手な推測ですが。

その後私は、何もかもに手をつけるのをやめ、占いサイトを漁りましたw

占いの話になってしまいますが、九星気学という占いでは、私は五黄土星になります。

五黄土星の昭和61年生まれは、2018年、とんでもなく災難続きとのことでしたw

来年からでいいや、と腹を括った私は、恐らく10月に書いたブログを最後に、今日まで何も書かなかったような気がします。

ただ、こんな生活をいつまでも続ける訳にもいかないし、どこかで変わらなきゃ行けない。
休息も充分に取ったはずです。

そこで、2019年こそは頑張りたいと思い、目標を掲げてみることにしました。

2019年の私の目標は「メリハリで完璧に」

去年やれなかった事があった分、今年は山のようにやりたい事が溜まっています。

脳内で考えて整理をするにも、もはや整理が出来ないレベル…

そこで「マインドマップ」を使い、脳内整理を行いました。

※マインドマップについては、また別記事で書かせて頂きます。

今年のうちに、やりたい事、やらなくてはいけない事、全てをリストアップすることが出来たんです。

ブログはマメに書く

私が情報をシェア出来るのは主にこのブログになります。

何かをシェアし、誰かの役に立てればと思い立ち上げたブログです。

書きたいと思うことがあれば、どんどん書いていくようにしていきたいです。

30代の女性として、妻として

何かに打ち込むと家事が疎かになってしまっていた私ですが、今年は家事を最優先にし、空き時間での作業にしようと考えています。

そして、30代になってくると、どんどん衰えてくる肌w

美容関係には元々とても興味があるので、美しく歳を重ねられるようになることも目標としています。

また、見た目だではなく、内面的にも成長していきたいですね。

具体例をあげろと言われるとなかなか難しいところではありますが、「自分がなりたい女性」に少しでも近づけるようになりたいです。

メリハリだけは忘れない!

ON/OFFはしっかりとしていきたいと思います。

でないと、またキャパオーバーして、去年の二の舞になってしまいますからねw

この体調の見極めって非常に大切で、身体を壊すということは、ほぼやりたい事が出来ないということを意味してしまいます。

時間の使い方をしっかりと決め、やることはやり、遊ぶ時は遊び、休む時は休む。

余裕をきちんと持たせたスケジュールを組みながら、今年は沢山のブログを書いていけたら良いなと思っております。

それでは、一月ももう残りわずかですが、今年もどうぞ宜しくお願い致します。

閲覧して頂き、ありがとうございました。

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ぴりかさんに「障害や病気を抱えながら生きている方たちのフォーラム」で紹介して頂きました。

こんにちは。Sachaです。

実は今まで、私はTwitterを利用していたのにも関わらず、誰かのツイートに目を通した事がありませんでした。

自分のブログ更新の通知のツールとしてしか見ていなかったんですね。

でも、ふとした時タイムラインに流れてきた方々のツイートを読んでみて、自分の考え方の狭さや、沢山の人の考え方を知ることになったんです。

そんな中で、ぴりか様(@pirica8)のツイートを見つけたのです。

病気や障害で頑張ってる方を応援したい。これほど嬉しい言葉は無かった。

ぴりかさんは、元弁護士・法律ライターをなさっている方です。

ぴりか様のブログはこちら
▶︎元弁護士・ライターぴりかの法律blog

ぴりか様が私達の紹介してをしてくださった記事はこちら
▶︎障害や病気を抱えながら生きている方たちのフォーラム

私は、全般性不安障害、パニック障害、子宮内膜症を患っています。

その中でも、精神疾患というのは、自分自身での対処が難しく、相手がいると相手にも負担を掛けてしまう事があります。

人との距離感も私にとっては難しく、理解されない事も多かったし、理解して欲しいともあまり思わなくなってしまったところもあります。

不安状態になっている時の私は、きっと周りにとって扱いにくく、理解出来ず、面倒だったのではないかと思います。

精神疾患を患っていることで、離れていった人は居ても、近づいてくれた人は居なかったんです。

いつもだったら、流し読みしていたツイートも、ぴりかさんの「病気や障害をお持ちの方のブログ紹介をさせてください」という提案を見た瞬間、思わずリプライしてしまいました。

余談ですが、ぴりかさんの文章はとても読みやすく綺麗です。

ぜひ、ブログの方も見てみてくださいね。

与えられる立場から与える立場へ。

自分だけが大変なわけじゃないことは、本当に分かっているつもりでした。

それでも私は、私が生きるのに精一杯で、あまり周りのことを考えることが出来なかったんです。

ぴりかさんに私のブログを紹介していただいたわけですが、そちらの記事には、他の病気の方々のブログも載っています。

どうして私なの?と言いたくなったことが何度もありますし、今でもたまにしんどくなります。

きっと皆様も同じように、悩んで、乗り越えて、ここまでやってきたのだと思います。

健康に何でも出来る人を、「いいなぁ」と思ったことは、実際あまりありませんでした。

でも、自分が出来ないことに対して、やり場のない苛立ちを覚えたことは何度もあります。

人生が一度しかないことに、なんの興味もなく、ただただなんとなく生きていた頃もありました。

一歩変えてみたら、なんだか生きるということが、苦痛じゃなくなってきたんです。

そういう思いを、私は度々自分のブログでも書いていますが、それは同じように悩まれている方に、「大丈夫」だと伝えたかったからです。

他の紹介されている方々のブログは、たくさんの方々の励みになるのではないでしょうか。

今回このような機会を与えていただき、本当に感謝をしていますが、「与える」という行動に出られたぴりかさんは、本当に素敵だと思います。

私もそんな風に、どんどん素敵なことを与えていけるような人間になりたいです。

それでは、今回も閲覧して頂き、ありがとうございました。

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根本的に私の英会話学習法は間違ってたのかもしれない!

こんにちは。Sachaです。

英会話を習得したいと願ってから、早何年が経過したでしょうか。

英会話を身に付けるにあたって、沢山の調べものや沢山の勉強をそれなりにしてきたつもりです。

それでも身につかない…。

何故身につかないのか、私なりに考え、今後どのようにしていくか作戦を立ててみました。

実は私、中学生に英語を教えているんです。

パートで塾の講師をしている私ですが、担当科目は英語です。

なので、あーだこーだと子供たちのミスにもっともらしい指摘をしています。

裏を返せば、中学レベルの英文法、英単語を教えるだけの知識は持っているはずなんです。

私は子供たちに、「三人称単数なんだから、動詞にはsつけなきゃ」と、基本的な事を指摘する時もあるわけです。

そんな私が、HelloTalk(言語学習アプリ)で、外国人と通話する時に、「He speak English」などと、子供たちに指摘したミスを平気で犯すのです。

それどころか、「I sleepy.」などと、「主語+動詞」という基礎中の基礎を無視して、動詞を言い忘れるなんてことも。

なのに私は、「中学レベルの英語で日常会話は出来る」というのを信じて、英文法の復習を勉強し続けたのです。

それは、もうひとつのブログの、「ハリーポッターの映画から英語を学ぶ」でも行っている方法です。

使えるフレーズを拾い、それをインプットする。

文字をインプットというものが、英会話において、そこまで重要では無いのかもしれないと気付いたのは、HelloTalkをはじめてからでした。

英語を口に出してる方が、英語の上達を感じられるのです。

それだって私はまだ「I can speak Japanese.」を「アイキャンスピークジャパニーズ」と言ってしまいます。

要はカタカナ英語ということです。

書けるのに言えない、読めるのに聞けない。

今の私がこの状態なんですね。

じゃあ、どうしたら良いか考えてみました。

私達が日本語を習得した道を辿る。

私達が日本語を習得するまでに、どうやって学んできたのでしょうか?

親が話す日本語を聞き、幼稚園ではその日本語で話し、小学校に入って、ひらがなやカタカナ、漢字を習い始めました。

ん?
話すことだけにフォーカスすれば、書く作業、読む作業って要らないんじゃないの?

実際、私が短期留学に行っていた時、私と同じ初級者クラスに居たブラジルの女の子は、初級者クラスなのに英語がペラペラでした。
(聞き取れなかったので、正しく話してたのかは分かりません。)

では何故、彼女が初級者クラスに居たのか?

私たちの学校では、筆記試験と面接試験をやり、クラス分けがされてたんですね。

彼女は、話せるけれど、アルファベットが書けなかったんです。

欲を言えば、書きたいし読みたいし、聞きたいし話したいんです。

だけど何より欲しいのは、聞く力と話す力です。

また留学していた時の話になってしまいますが、ホストファミリーの娘ちゃん6歳。

当たり前だけど、英語はペラペラでした。

「宿題だよ」って見せてくれたのは、「pen」「apple」のような簡単な単語をなぞるようなテキスト。

日本で言う「きりん」「はな」みたいな、ひらがなの見本をなぞって書いて、残りは自力で書く、小一でやるような練習です。

日本語も英語も、話すために必要なのは、単語や文法を覚えることではなくて、音を聞くこと、そして真似ることなのかもしれないと私は思ったんです。

話すためにHelloTalkを使ってるの?

結論を言うと「Yes」です。

日本に住んでいる環境で、外国人と話す(お金をかけずに)方法の一つとして、ハロートークはオススメ出来ます。

実際私は、前よりも簡単な文は言えるようになったし、聞けるようにもなりました。

ただ、正直なことを言うと、途中で変化を感じられないことに気づいてしまったんです。

相手方は、発音が悪くても理解出来れば話を聞いてくれます。
間違った文法でも、通じてしまえば、特に訂正はしてくれません。

チャット機能だと、添削が出来るので、直してもらうことも出来ますが、リアルタイムで通話をしていると、「今の合ってた?」とその都度聞かないと、訂正まではしてもらえないのがほとんどです。

そして、ありがちなのが、いつも同じ話題を話してしまうことですね。

「夕飯何食べた?」「何時に寝るの?」そんな話ばかりを延々と続ける日々。

良く言えば、限られた範囲での質問や会話は出来るようになりました。

だけど、相手がいるというのは難しいことなのです。

根本的に時差の問題だってあります。

何より難しいのは、温度差。
そしてギブアンドテイクの加減。

フィーリングもそうです。

習うことに対するモチベーションだけではなく、教えることに対するモチベーションも大きく関係してきます。

ハロートークはオンライン英会話ではないので、互いが互いを教えあわなくてはなりません。

そして、話をしていて見えてくる相手の性格などが自分に合わないことだってあります。

今私は、試してみたいことがあって、ハロートークはあまり活用していません。

その試したいことについては、後述します。

私がしてきた英会話勉強法

英会話スクール、オンライン英会話、フレーズ集の本、ハロートーク…

様々なことを試してきたつもりです。

どれにも共通して言えるのは、私はただこなしていただけだったということ。

今更になって気付いたことです。
何も考えずに文を聞いて読み上げてみても、身につきませんでした。

オンライン英会話をほぼ毎日受けていましたが、私は全く上達しなかったんです。

それは、与えられたテキストの文字の羅列を聞いて(先生のお手本)、同じように読んでいただけだから。

そのあとに、文章に対しての質問があるのですが、私はテキストを読んで、和訳して、答えを更に日本語から英訳して答えていました。

私が今までしてきたことは、こういうことです。

①英語で質問される
②それを和訳する
③日本語で答えを作る
④英語に組立てる

これをリアルタイムの会話でしてたらどうなりますか?

答えるまでに相手を待たせますよね。
しかも相手が長文を言ってきたら、もはや訳すことさえ不可能です。

大体日本語を話す時なんて、頭より先に言葉が出てしまって大喧嘩!なんて事があるくらい、何も意識せずに言葉を発しますよね。

その時、頭に日本文が浮かんでいるか?と聞かれたら、浮かんでいません。

「昨日海に行ったの」と言われて、文が浮かぶ人ってそうそう居ないと思います。

「昨日」と聞いて、脳内が勝手に「過去」の事だと連想し、「海」の風景が浮かぶんじゃないでしょうか。

英語脳ってこういうことなのかなぁと。

何をするにも「慣れ」って重要じゃないですか?

いつも使ってるキーボードから、別のキーボードに変わると、エンターの位置を間違えたり。

だけど、それも慣れれば、使いこなせますよね。

私は聞くことも話すことも慣れてないんです。

じゃあ、聞いて話せばいいじゃないか。

私が身を持って痛感したこと。

それは、英語を実際に話せるようになった人で「短期間」で習得したという人がいないということです。

「一週間で」「二ヶ月間で」という謳い文句を掲げている教材がありますが、私が手を出せないのは、そう言った理由とコストwです。

「学生の頃、英語が苦手だったけど、英語が話せるようになったよ」って人でも、一年くらいはかかっているように思います。

そういった方たちに共通しているのは、「英語環境にいたこと」。

私は日本に居るんだから、そんなの無理…とは言いたくありません。

今はいくらでも便利なツールがあり、やろうと思えばやれる時代ですよね。

そこで試してみたいことがあるのです。

①生の英語を聞く
②それをひたすら真似をする
イメージとして染み込ませる

それを繰り返したら、どうなるのでしょうか?

①聞くことで耳は良くなる気がする。
②真似することで発音、アクセント、リズムが分かるようになる気がする。
③イメージとして染み込ませることで、自分のものになる気がする。

それを叶えるのは、YouTubeが手っ取り早い気がします。

が、私はそれをするのにふさわしいと思われるアプリを見つけてしまったのです。

voice tube というアプリ

voice tubeについては、別記事でゆっくりと説明させていただき、ここでは簡単に説明させていただきます。

voice tubeは、YouTubeの比較的短めな動画(5,6分)を集めたアプリです。

レベル別や、カテゴリ別に分かれていて、スクリプト(字幕)もついています。

フレーズごとの再生や、スピーキング練習もあります。

このアプリを最大限に使って、英会話練習に励んでいこうかと思っています。

今回は「私、英会話の勉強法、間違ってたんじゃない?」というのがテーマの記事なので、具体的なやり方やアプリの説明については書きませんが、別記事にて、書かせていただきます。

それでは、最後まで閲覧して頂き、ありがとうございました。

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全般性不安障害とパニック障害の私の経過。たまには病気と向き合ってみる。

こんにちは。Sachaです。

ブログのデザイン変えたいなー、次は何書いたらいいんだろーと考えてる所ではありましたが、たまには自分の病気と向き合ってみるのも良いかなと。

病気についての説明は、様々なところに載っていると思うので、簡単に説明して、基本的には私の実体験と経過をお話したいと思います。

同じ病気で悩んでる方、少しでも気休めになれば幸いです。

発症時期と飲んでいる薬について

私が初めて全般性不安障害パニック障害だと診断されたのは、26の時でした。

大体6年前になります。

私の場合、全般性不安障害は過度なストレス状態が続くことにより、身体がそれに耐えきれなくなったとの説明を受けました。

残念なことに、大いに心当たりがあります。

私の場合、ある程度の不安まで行くと、パニック症状が現れます。

最初は、
スルピリド(不安のため)
ランドセン(パニックのため)
ゾルピデム(不眠のため)
を服用していました。

スルピリドは、途中から副作用により乳汁が出てきてしまい、服用を中止することに。

そして、ゾルピデムも効かなくなり、別のものに変更することに。

次に、
ランドセン
ベルソムラ(新しい眠剤)
の服用を始めることになりました。

ただ、スルピリドをやめたことで、うつに近い状態になり、途中から、エビリファイを追加することになります。

そして、つい最近、先生と相談をして、エビリファイをやめることにしました。
確か一年半ほど続けてたかと思います。

気持ちに対してのゆとりは出来てきたような気がするんですが、不眠とパニック症状だけは治まらないので、

現在は
ランドセン
ベルソムラ
を服用している状態になります。

薬を減らすということに恐怖を覚えていた時期があった。

治ればいいのにと思う一方で、薬を減らされるということに恐怖を覚えていた時期があります。

スルピリドを辞めることになった時もそうでした。

あの常につきまとってくる不安感、行き場のない恐怖、何に対してもお先真っ暗な考え方…色んなものが再び訪れるような気がしたからです。

6年という歳月の中で、途中何度も、いつになっても治らないじゃないかという苛立ちを抱えたこともあります。

本来の私はどうだったっけ、本来の私なら、こんなことが出来たっけ。
そうやって過去の自分と見比べて、その都度ウンザリして、いっそのこと、治らなくてもいいと気長に受け入れようと思おうとしたこともありました。

美容室も行けない、電車も乗れない、でも仕方ないじゃないかと。

そんな私が、自らの意思でエビリファイを辞めたいと言ったのは、かなり奇跡に近いような気がします。

なぜ、そう思い始めたかは、後半に書くとして、ランドセンとベルソムラを飲んでみて思うことを先に書きたいと思います。

ランドセンを飲んでみて。

私の場合、現在は「頓服」として処方されています。

体調に異変を感じたら飲むし、感じない日があれば飲まなくても良い。

基本的に私の異変の合図は、胸のモヤモヤ感や苦しい感じ、もしくは動悸です。

放っておくと面倒なことになるので、諦めて飲みます。

大体一日に一錠〜三錠くらいですね。
飲まない日は滅多にありません。

ただ、効き目が早いお薬なので、飲めば大事には至りません。

私の中の合言葉として、「まぁいいや」というのを常に持っています。

様々な症状の方がいるとは思いますが、動悸や手の震え、冷や汗など、私と同じような症状が出る方もいるのではないかと思います。

公共の場において、昔はそんな症状が出ること自体が本当に恐怖そのものでしかありませんでした。

だから、「まぁいいや」を合言葉にするようにしたんです。

「どうしよう」と思うと、体調って余計悪くなるもの。

だけど、パニックなんて起こしちゃったら防ぎようがないものじゃないですか。

もしも人様に迷惑をかけるような状況になったとしても、申し訳ないけれど「まぁいいや」と思う。

語弊がありますが、「まぁいいや」と思うことで、人様に迷惑をかけずに済むことがほとんどです。

これ以上具合が悪くなってもまぁいいや。
倒れちゃってもまぁいいや。
私はいつもこうだからまぁいいや。

自分の体質に「まぁいいや」と思うことで、乗り越えられる事が多くなりました。

何もそんなに怖がることは無いんです。

出来れば人様に迷惑はかけたくないし、初めて遭遇する人は怖いと思うかもしれないし、やっぱりそういうのは避けたいところ。

でも、そういう病気なんだと、やっぱり受け入れないとダメなんだと思うんです。

私は「どうしよう」から「まぁいいや」に変えただけで、知らないうちに快速電車が全然怖くなくなりました。

ベルソムラに物申したいこと。金縛り、そして悪夢、倦怠感。

悪夢と金縛り、やめてください。

どうしてもゾルピデムが合わなくて、ベルソムラを服用してるんですが、最近は本当に飲んでも飲まなくても寝れないんです。

変えたい気持ちもあるんだけど、寝れる時は寝れるし…。

ただ、悪夢率高いです。
副作用のようですが、それにしても高い。

しかもおっかないんですよ。
夢が怖くてベルソムラ飲みたくない時があるくらいです。

私は睡眠測定アプリで録音もしてるんですが、飛び跳ねて起きた時に、謎の言葉を叫んでる音声がバッチリ入っていて、その音声がトラウマですw

金縛りに関しては、慣れっこなので、かかったら操ってます。
解き方も分かるのですが、金縛りに関しては放置しています。
(最近は解くのも面倒。すぐにまたかかるし。)

ただ、実生活においてしんどいのは、倦怠感ですね。

7時間効果があると言われてますが、大体残ります。
頭が冴えないし、身体も重い。

結構不愉快な気だるさなんです。

どうせ飲んだって眠れないなら飲まない方がいいんじゃないかとも思うんですが…という考えで、最近は極力飲まないようにしています。

薬を減らそうと思った理由。病気は無いものと思うことにした。

大きなきっかけはハネムーンでした。

飛行機に乗らなきゃいけないという恐怖。
空の上で密閉空間に入れられて、もう私の精神状態はボロボロになってしまうと、本気で思いました。

それでも飛行機に乗らなきゃ海外へは行けないのだから。

その時は、行きたかった気持ちに頼って、勇気を振り絞っただけにしか過ぎませんでした。

ただ現実は、あっさり何事もなく乗れてしまったんです。
薬は飲んだけれど。

それは私にとっては大きな自信になりました。

そのあとも勇気を出して、パーマをしに美容室に行ったりしてみました。
実は何年も怖くて、髪も自分で手入れしていました。

そのうち、何かをしようとする度に訪れる不安を、極力無視しようと思いはじめたんです。

何かあっても「まぁいいや」精神で。

無理をしなきゃいけないわけじゃなくて、やれそうだと思ったら、やりたいと思ったら、病気は無いものと考えて、やってみる。

ほんの小さなことからでも良いと思うんです。

何でもない小さなことも、私たちにとっては大きなことだったりします。

だからこそ、小さなことでも乗り越えられた時の自信って心強いんです。

そうしていく中で、私の中で、エビリファイが無くても、情緒不安定を乗り切れるかどうか挑戦したくなったんです。

本当はランドセンもやめたいけれど、それはまだ無理w

情緒不安定をコントロールするのは、正直かなりしんどいです。
コントロールもくそもないので。

ここ数日もとめどなく不安感が漂っています。

無茶は体に良くないです。
だから、私はいつでもまた、しんどかったらエビリファイを貰う気満々です。

それでいいんだと思うようにしてます。

焦ったってろくなことはないのだから。
あくまでマイペースで、でも少しずつ前向きに。

私、ランドセンの服用をかなり減らせたことが過去にあったんです。
それこそ飲まない日もありました。

それがまた毎晩になり、(今はまた頓服ですが)、かなりショックを受けました。

でも、もうそういうことにいちいち傷つくのはやめることにしました。

焦れば焦るほど、良くならないんです。

ダメならダメでいいじゃないの。
ダメだって、それがイコール悪いことというわけではないんです。

良くなってくるまでに心掛けたこと。

私はおそらく、酷かった時に比べ、今はだいぶ体調が改善されていてきます。

ここに来て、実はあまり喜んではいません。

何かの弾みでまた悪化するかもしれないし、過度な期待をして無茶はしたくないからです。

実際私が良くなってきた過程で、行ってきたことを紹介したいと思います。
(ダメだったことも含めて)

薬を飲むのを我慢する=自分の体調の確認をしようとする。

これはダメなことでした。

自分で飲まなかったくせに、変な悪のスパイラルに陥るからです。

体調悪い→薬を飲まない→悪化する→余計不安になる→どうしようの連発→また悪化する→焦る

こんなことをするのは、自分がどれだけ良くなったか、確かめたいからなんです。

だけどこれは無茶なやり方ですね。

体調が悪い時には素直に薬を飲む方が、メンタル的にも良いです。

病人であることをやめる。

私が最初しんどかったのは、今まで出来たことが出来なくなってしまったことです。

本当に本当に辛かったです。

だから、途端に何も出来なくなったし、何かすることも怖くなりました。

意識改革じゃないですけど、病人であることを忘れるというのは、大変そうで案外簡単です。

普通に生活をするんです。

普通に生活をする上で怖いことってなんですか?

電車に乗ること?美容室に行くこと?

私は共通して、「人前でパニックを起こすこと」でした。

電車そのもの、美容室そのものが怖いんじゃないんです。

人前で自分が自分じゃなくなることが怖かったんです。

そんな姿をさらけ出すのが嫌だったんです。

それこそ「まぁいいや」です。

大丈夫。
人前でパニックを起こしたっていいんです。

「まぁいいや」と思っていれば、案外パニックも起きないものです。

プラネタリウムで息苦しくテンパりましたがw

「まぁいいや」の連呼で、星どころじゃ無かったですw

もちろんそんな時もあるかもしれません。

でも大切なのは、「卑屈にならないこと」だと思っています。

病気であることを「受け止める」のと「受け入れる」のとでは、大きく違うような気がします。

病気を誰かに伝える時、「私は病気だから」と卑屈になるのではなく、「万が一迷惑かけたらよろしく!」位の勢いでいる方が気は楽です。

一般人と同じように生きていく。
これは私にとって一番効果的だったような気がします。

忙しくしてみる。暇な時こそ考え込んでしまうもの。

暇が続くと、余計不安になることが多いんです。

私は幸い多趣味なので、色んなことをやって気を紛らわしています。

ちょっと体調が悪い→休もうとする→余計な不安が襲ってくる→体調悪化

このスパイラルなんですよ。

忙しくしていると、ふと不安が消えている時があります。

他に考えることがあって、不安の入る余地がないという感じでしょうか。

お絵描きしてる時間なんかは、特に集中してて、気が紛れました。

楽しいことを沢山する。ストレス環境から逃げる。

これはなんとも難しいこと。

特にストレス環境から逃げるというのは正直無理に近い話です。

避けようのないストレスなんてゴロゴロ転がっています。

だから、私も実践しきれていないことはあるのですが、関わる人は選ぶように気をつけています。
選べる場合ですけど。

そして、とにかく楽しいことをやってみる。

億劫なんですよね、これがw
実際、楽しいことにも興味持てないというのが実情です。私は。

ただ、笑うことが増えてから、私の体調は良くなっているように感じます。

日々の生活の中で、少しずつ楽しさを見つけていくというのも、自分で出来ることなんじゃないかと思います。

この辛さは自分にしか分からない。それでいいと思う。

私は、誰かに辛さや気持ちを理解してもらおうとするのは諦めました。

「気の持ちよう」と言われることほど、不愉快なものはないから。

「他にも辛い人はいる」と言われること、うざったいものはないから。

私はひねくれてるのかもしれませんw

じゃあ貴様に一体私の何が理解できる?
と思ってしまうんです、私。

心配して言ってくれた言葉なのかもしれない。

それでも、その気持ちを理解出来るだけの余裕を持ち合わせて居ないんです。

誰がどうとかじゃないんですよね。

周りが病気について理解してくれるというのは、とても大切なこと。

でも辛さや気持ちまで理解するのは、とても難しいこと。

自分の病気がどんな病気なのか、それをしっかり理解して、自分と向き合うことが大切なんだと思います。

「パニクったって死にはしない」。
これは私が第二に掲げている合言葉ですw

波が過ぎてしまえば、落ち着くのだから。

確かに生活する上で、常に体調が万全じゃないのは、案外しんどい。

でもそれが私で、それが私の当たり前。

辛くて当たり前。
そこを理解していれば、辛いことに嘆くことが減ります。

ここまでくるのに、何年もかかりました。

でも、私はここに来て、本当に色んなことが変わりました。

私は医者でもカウンセラーでもないけれど、同じ病気で心を閉ざしてしまっている人が居たら、少しでも良くなって欲しいんです。

思ってるほど、絶望的じゃありませんでした。

また、いつかのあの日のように、絶望的だと思ってしまう時が訪れるのかもしれないと、たまに不安はよぎるけど、その時はその時。

もう私も「どうしよう」は卒業したい。

卒業試験…とまではいきませんが、仮免試験の手前くらいまで来ている私は、少なくとも絶望的だとは思っていません。

楽しいと思うこともあります。

それでは、最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

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努力が出来ない私。1ヶ月、1年と頑張ったらどうなるのか予測してみた。

こんにちは。
以前の記事で、私は自分自身に、短期目標という名の「Todo」を課しました。

努力が出来ない私です。

どこまで続くか分かったもんじゃありません。悔しいけれど。

でももし1ヶ月続けたら、1年続けたら、を予測してみることにしました。

あなたのTodo、1ヶ月、1年続けたらどうなるの?

私が前回立てた短期目標はこちら。

ブログ 1日1記事
イラストAC 1日3枚
LINEスタンプ 1ヶ月1スタンプ(40枚)
動画 週に2〜3回アップ

※LINEスタンプを1日3枚に変更しました、個人的に。

休日はともかく、平日は困難そう。
宅建の勉強もあるし…

でも、趣味をお金にしたいのなら、踏ん張らなきゃいけないところ。

実はイラストACは一時期、本当に1ヶ月100枚チャレンジをして、燃え尽きた経験があります。

そこから放置、私らしい。
ちなみに今は平均1日あたり0-2ダウンロードしかされてません。

一応、励みになるように、リストを作ってみました。

もしもこの私が、この努力が出来ない私が、きちんと1ヶ月こなせたらどうなるのでしょう。

1ヶ月での成果
ブログ→30記事
イラストAC→120枚
LINEスタンプ→1個完成
動画→8-12個アップ

ちなみに動画に関しては、実は現段階でもHidden Cityなどは、多いと1日3個とかあげたりしています。

問題なのは、ブログとイラスト関連。

1ヶ月だと、なんともグッとくるものがないので、1年で考えてみましょうか。

ブログ→360記事
イラストAC→1440枚
LINEスタンプ→12個完成
(一応)動画→96-144個アップ

ブログ360記事とか、イラスト1000枚超とか、LINEスタンプが12個完成とか…夢物語みたい。

そう思ってしまうのは、きっと、私がいつも投げ出してきたからでしょう。

もしもそれが達成出来た時、何か変わってるのか…
それは分かりません。

でもやったことも無いのに、先を怖がるのは少し違う気がするのです。

だから、どうにか私…頑張ってくださいw

努力の先にあるものを見てみたいだけ。

小さい頃から、色々なことに興味を持って、その度に挑戦してきました。

ダメだと思ったら諦めるのも早いし、良く出来てもある程度までいくと、それで満足しちゃいます。

何かのことを、一生懸命やったことって、私はないんです。

一生懸命頑張って、先に進む人を見て、才能があるんだなと、ただ呆然と見てきました。

でも、その人達がどう頑張ってきたのか、どれだけ苦労してきたのか、当時の私は考えもしなかったんです。

今思えば、何にでもちょうど良く手を抜いて、サボるのが大好きだった私。

どこかで、「やれば出来る」んだと過信してた私。

やったこともないのに、よく言えたもんですねw

一度や二度、上手くいけば、ほらやれば出来ると思っていました。

ただ、大人になればなるほど、私には「これが本当に得意です」というものが無いことに気付きました。

習い事だって沢山してきた、部活だって頑張ってきた、勉強もしてきた、でもどれもそこそこ、どれも中途半端。

一つのことを熱心にやれるタイプだったら良かったのにと、自分を責めた時もあったけれど、沢山のことに興味を持てる自分の事を、今は認めてあげたいのです。

ただひとつ、私の興味だけ持って半端に終わらせる「努力の出来ない性格」だけは、変えていきたい。

やりたいのなら、どれもこれもやってみて、続けてみて、その先を見てから、きちんと考えたいんです。

努力は報われると信じたいのかもしれない。

何も取り柄のない私ではありますが、私はほんの少し、それを努力をしてこなかったせいにしたいのかもしれません。

精一杯取り組んだことがないからなんだと、思いたいのかもしれません。

頑張ればきっと報われる時が来るのだと。

仮に報われなくたって、努力できた自分を少しは褒められるかもしれない。

1ヶ月後、一年後、頑張りましたと言えるようにしていきたいと思います。

それでは、閲覧していただき、ありがとうございました。

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夢、目標を達成するために、改めて見直してみる。

こんにちは。
叶えたいや、達成したい目標があるのに、それが時にブレブレになってしまうことってありませんか。

特に豆腐メンタルな私は、メンタルに振り回されることがしばしばあります。

叶えたいはずなのに、なかなか行動出来ない。
分かってるのに、つい明日に回してしまう。

実際私が今リアルタイムにそんな気分で、力を振り絞ってブログを書いております。

でもね、きっと書けば、また改めて夢を再認識出来ると思うんです。だから。

とまぁ、前置きが長くなりましたが、改めて見つめ直して見ましょう。

長期目標、中期目標、短期目標を考えてみる。

基本的なことだったのかもしれませんが、私は目標設定について、まともに考えてきたことがありませんでした。

具体例があった方が良いと思うので、自分自身を見つめ直す意味でも、私の目標を例題として掲げてみようと思います。

達成するために何をするかについては、後述します。

【長期目標】
・オーストラリアに住む
→オーストラリアで何かしらの事業がしたい。

【中期目標】
・自力でお金を稼ぐ
→個人事業主になる。

・英語力を身につける
→海外へ行きたいのだから、必須。

・病気を治す

【短期目標】
・1日 1記事(ブログ)
・1ヶ月 100枚(イラストAC)
・1ヶ月 1スタンプ(LINEスタンプ)
・週2〜3 動画投稿(YouTube)

・メモをとる習慣
・スケジュール管理をしっかりする

・時短メニューで炊事をしっかり
・家計簿の管理
・規則正しい生活

・宅建合格→もはや興味は薄れてるw

・英語でやれる事を増やす
→好きなことを英語でやってみる

多趣味で飽き性な私は、何かに集中すると、別の何かが疎かになります。

そして、時間があるのにも関わらず、時間の管理がきちんと出来ない。

時間が無い時ほど、詰め込みすぎたり、とにかく時間の使い方が苦手です。

時間があるとは言っても、仕事を掛け持ちしているので、活動時間は限られています。

短期目標を達成するのにも、気合と根性が必要な気がします。

短期目標の達成のためにしなくてはならないこと

ん?私の目標の立て方…なんかおかしい??

私の立てている「短期目標」。
目標というよりもTodoに近いような気がします。

でも、私の場合、これで良いのです。

今までこの短期目標をTodoとして、私は設定してきました。

やらなくてはいけないこと。
だけど、出来なかったのです。

だから、私にとっては今までTodoだったこの子達を達成することが、第一歩になります。

先程の短期目標を使って、達成のために必要なことを考えてみようと思います。

【短期目標】

→そもそもとして、精神との戦いです。
私には続ける力が圧倒的にない。
そこを維持する精神力を、まずは全体的に身につけないと達成は出来ないでしょう。

→短期目標を以前はTodoとして設定していたため、目標同士がリンクしていることが多いです。

・1日 1記事(ブログ)
→多趣味を活かす。
些細なことでも、人の役に立てるかもしれないと言い聞かす。

・1ヶ月 100枚(イラストAC)
→実際1枚あたり2-3分で描けるんです。
描きたいと思うものをメモにする。
ついでに作成動画をYouTubeにアップ。

・1ヶ月 1スタンプ(LINEスタンプ)
→1日1〜2イラストで達成出来る。
これも描きたいと思うものをメモする。

・週2〜3 動画投稿(YouTube)
→やりたいことは山ほどあります。
なるべく溜めない。
編集技術が乏しすぎるので勉強要。
ゲームはこまめに撮る。

▶︎収入を上記で得ようとしているわけだから、仕事だと思う必要がある。
サイトのメンテナンス、リンクの管理や宣伝もしっかり丁寧に行う。

・メモをとる習慣
→これは私にとってきっと重要。
脳内管理が多い私。
整理をする、見える化する。
根本的にここをしっかりしないといけない気がする。

・スケジュール管理をしっかりする
→先述した通り、仕事だと思わないといけない部分が多いため、考え方を一掃する。
趣味でお金を稼ぐというのは、趣味を仕事にするということ。
趣味と仕事の境目をしっかりつけた上で、時間をきちんと管理する。

・時短メニューで炊事をしっかり
→嫁としてやる当たり前のこと。
時短さえ趣味みたいなものなんだから、そこをうまく活用する。

・家計簿の管理
→稼ぐだけじゃなくて貯める。
そのために出来ることを考える。

・規則正しい生活
→朝起きる習慣を。(午後から仕事なため、ギリギリまで寝てることが多い)
そこから、不眠を改善するようにする。
夜寝れないことを焦らない。

・宅建合格→もはや興味は薄れてるw
→やらなきゃ。

・英語でやれる事を増やす
→Hidden Cityを英語に変えてみました。(日英で攻略動画をする予定)
→英語の記事実行も頭に入れておく。
→日々の中で英語を取り入れる

書きながら見えてきたことがありました。
私、本当にやりたいことが多い割に、なんにもメモを取ってないんだなぁと。

というか取ってるんですけど、その紙をすぐに無くすし、見ないんです。

メモを書くスキルがないのかも。
でもやりたいこと別にルーズリーフなどに書いて、まとめても良いかもしれませんね。
努力の証としても。

全体を通して

兎にも角にも、大前提として、意識改革の必要性があることが分かりました。

情けないほど、私は意志が弱いんです。

いきなり長期目標は達成出来るわけないんです。

短期目標を達成し、中期目標を達成し、そうやって長期目標まで辿り着くものですよね。

自分を追い詰めるわけではなく、奮い立たせないといけませんね。

息抜きもしながら…息抜き中にしてることもブログや動画にしたくなっちゃいそうですがw

文字を書いたり、何かをシェアしたり、本当は私は大好きなんだと思います。

好きなことで生きていくためには、好きなことを続けるというのも大切なのかもしれないですね。

多趣味はOK、でも飽き性は直していかなければいけませんw

【余談】ちなみに、オーストラリアで何がしたいの?

私たち夫婦が、オーストラリアにこだわる理由。

私の場合、大学時代に行っていた短期留学から、オーストラリアへの憧れが始まりました。

旦那は、私に連れていかれたハネムーンでオーストラリアに恋をしました。

もしかしたら、行っていた場所次第では、憧れる場所も変わっていたのかもしれません。

私たちとしては、お金が貯まり次第、オーストラリア横断をまずはしてみようかと思っています。

旦那はどちらかと言うと、オーストラリアに住みながら、今まで通りのスタンスでフリーライターを続けていきたいようです。

私はというと、やりたいことがあり過ぎて迷っています。

オーストラリアという国を日本へ紹介していくこともしたい。
様々な場所を巡っての紹介もそうですが、オーストラリアの名物やコスメなども…オーストラリアの魅力を伝えていけたらと思っています。

そして、他にも、オーストラリアでの日本語教室などもやれればなぁという憧れがあります。
この辺については、スキルや資格なども視野にいけなくてはいけません。

あとは、留学生サポートなども一応やりたいとは思っているのですが…
知識と英語力がまだまだ足りないのでなんとも。

観光ビザでの往復になるのか、長期のビジネスビザが取得出来るのか…オーストラリアでの起業についても、もっと調べなくてはいけないです。

本当はワーホリを経験しておきたかったのですが、その期間に別れてしまった私たち。
ワーホリの年齢制限を超えてしまいました。

未だに後悔をしていますが、それを諦める理由にしてはいけないと思うんです。

自力で稼ぐことが出来れば、オーストラリアへは行き来することが出来ます。
観光ビザの範囲でも、やれることはやっていきたいし、ほんの少しの可能性でも賭けてみたい。

しっかりと頑張っていきたいと思います。

それでは、今回も閲覧していただき、ありがとうございました。

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本当の愛ってなに?真実の愛って何?

こんにちは。
ここ最近、なかなかゲームの攻略記事があげられておりません。

そして宅建の勉強もしなければというのに…。

といいながら、今日のテーマは

本当の愛だとか、真実の愛だとか、愛とは何か、私なりに思うことを。

というのも、ちょっとしたエッセイで、愛をテーマにしたエッセイを英語で書こうかなんて話があったのです。

なので英語で書く前に、とりあえず日本語で…と思った次第です。

よく言われる「本当の愛」って何?

本当の愛というのは…なんて定義は様々語られていますよね。

記憶にある中での話になりますが、例えば、

見返りを求めるのは恋、ただただ尽くすのが愛。

連絡が来ない時に疑うのは恋、何かあったのかと心配するのが愛。

こんなことを聞いたことがあります。

とても納得する部分が多いです、私は。

見返りを求めないのが愛というよりも、見返りを求めない二人が育むものが愛なのかななんて思ったりもします。

愛って、別に恋人や夫婦間だけではなく、家族や友人、幅広く意味を持つものだと思います。

愛情表現も様々。

見返りを求めないのが愛、疑わずに心配出来るのが愛だと言うのであれば、私は納得は出来ても、「愛」をまだ知らないのかもしれない。

そもそも、ひねくれたことを言ってしまえば、「愛」に定義なんてあるのか?とも思ってしまうのです。

ただひたすらに、相手に構ってもらうことでしか愛情表現が出来ない人も、それはそれで愛なんじゃないかと。

もっともっとひねくれたことを言えば、愛を語るあなたは、そこまで愛を知っているの?と。

じゃあなんで「愛」について書くんだよwという話になってしまいますが。

私が思うのは、その人が信じる「愛の定義」が、本当の愛の定義なんじゃないのかと思うのです。

周りになんと言われようと、それは愛じゃないと言われようと、その人がそれを「愛」と呼ぶのなら、その人にとってはそれが「愛」なんじゃないでしょうか。

「愛」の定義は変わるもの。

私もそれなりに恋愛はしてきました。

過去、私が本当に大好きだった、愛してた、そう思っていたものが、今となっては不思議に思えてくることもあります。

その時、「これは愛だ」と強く思っていたことが、成長するにつれて、「ただのエゴ」だったんだと思ったり。

「そんなのは愛じゃない」と思っていたことが、「これがこの人の愛情表現なんだ」と思ったり。

私は旦那と結婚する前までに、何回か別れました。

別れてから付き合った彼氏たちを、好きにはなっても、私はどうしても旦那を忘れられなかったんです。

それは、私から旦那への愛というよりも、旦那が私へ与えてくれた愛が、私は忘れられなかったのだと思います。

あの日、あの時、過ごして来た思い出があまりにも幸せ過ぎたからだと思うんです。

それなのに、私が旦那(まだ結婚する前)と別れた時には、「私が愛されてないのだと感じたから」でした。

何をもって「愛」と呼ぶのか、きっと私はこれから先も、その定義が変わっていくように思っています。

些細なことを「愛」と呼んだっていいじゃないか

「愛」というものを大きく定義すると、それはそれは壮大なものになりますよね。

だけど人間って完璧じゃない。

「愛すること」を完璧にこなせる人なんて、居ないんじゃないかと思うんです。

例えば私、洗濯担当の旦那の代わりに、サプライズで洗濯物を済ませておくことがあります。

第一に喜ぶ顔が見たいから。
でもそこに、「ありがとね」って言葉があったら、もっと嬉しい。
別になくても何も思わないけれど、言ってくれたら嬉しい。

これって、多少なりとも見返りを求めてますよね。
でも、「喜ぶ顔が見たい」という気持ちは本心で、それを「愛」と呼んだって構わないような気がするんです。

逆に「ありがとね」と言う言葉をかける旦那も、そこに「愛」があるからそう言うのだと思うんです。

すごくすごく小さなこと、それを「愛」だって思ったっていいじゃない。

小さなことの積み重ね。一人じゃ愛は生まれない

その小さな小さなこと。

お互いがその小さな愛を積み重ねていくから、愛し合えるのだと思います。

相手あっての愛なんじゃないかって。

私からの一方的な愛情表現でも、旦那からの一方的な愛情表現でも、きっと私たちの愛は成立しなかった。

ヤキモチも束縛もないカップルもいる、お互いにガチガチにヤキモチもやいて束縛もするカップルもいる。

お互いが幸せならばそれでいいのではないかと思うのです。

「愛」を語るのは、私には荷が重すぎるような気がしてきましたw

というのも、ふと思ったのです。

ヤキモチを妬かれることで愛を感じる人は、別の部分で愛情表現を確かめるのが苦手なんじゃないかと…。

かくいう私も、比較的「言葉」にしてもらわないとダメな人間です。
自分自身も「言葉」にします。

どんなに態度や行動が「愛してる」と物語っていても、言葉が欲しいのです。

それは、私自身が「態度」「行動」を素直に受け入れられるほど大人じゃないのかもしれない。

じゃあ嘘の言葉でもいいのか?
いいんです。私の場合。

「好き」だと言ってほしい私にとって、「好き」だと言ってくれるその優しさが嬉しいから。

言葉がないと不安な私に、言葉をくれるということが、私にとっては充分すぎる愛なんです。

少し余談になってしまいましたが、じゃあ私自身が「愛」というものを知っているのかについて…。

お前は「愛」がなんだか分かってるの?

いいえ、わかりません。

収入が安定しない旦那。
私は充分愛を与えられてると思っています。

でも中には、愛してるならちゃんと稼ぐべきという意見もあります。

そう、様々な意見があるんです。

きっと、16歳には16歳の愛が、25歳には25歳の愛が、38歳には38歳の愛があるんです。

年齢だけじゃなくて、彼女には彼女の愛が、別の彼女には別の彼女の愛が、様々な愛があるのだと思います。

一言で言えないから、恋愛は難しいんじゃないでしょうか。

これが愛だと答えがあるのなら、人はこんなに苦労しない。

裏を返せば、「愛の定義」を決めつけてしまうことは怖いことなのかも知れませんね。

私が理想とする「愛」

色々な意見がある中でも、私の中では、理想というものがあります。

それは、どんな状況下でも楽しく過ごせること。

その人がその人でいる限り、環境が変わっても、変わらず愛していけるような「愛」を私は身に付けたい。

そして、どんなに不器用で下手くそでも、相手に「幸せ」だと思ってもらえるような「愛」を持っていたい。

今回は大分恋愛にフォーカスした話になってしまいましたが、そうに考えると親ってすごいですよね。

親の気持ち子知らずじゃないですけど、大人になってから気づいた、親の愛情って結構あります。

親子間と恋愛はまた違うのかもしれませんが。

ただいずれにしても、自分も「幸せ」、相手も「幸せ」、お互いが「幸せ」であることが、「愛」なのかもしれないと思います。

私ごときが愛を語ってしまいましたが…

最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

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