病気

全般性不安障害とパニック障害の私の経過。たまには病気と向き合ってみる。

こんにちは。Sachaです。

ブログのデザイン変えたいなー、次は何書いたらいいんだろーと考えてる所ではありましたが、たまには自分の病気と向き合ってみるのも良いかなと。

病気についての説明は、様々なところに載っていると思うので、簡単に説明して、基本的には私の実体験と経過をお話したいと思います。

同じ病気で悩んでる方、少しでも気休めになれば幸いです。

発症時期と飲んでいる薬について

私が初めて全般性不安障害パニック障害だと診断されたのは、26の時でした。

大体6年前になります。

私の場合、全般性不安障害は過度なストレス状態が続くことにより、身体がそれに耐えきれなくなったとの説明を受けました。

残念なことに、大いに心当たりがあります。

私の場合、ある程度の不安まで行くと、パニック症状が現れます。

最初は、
スルピリド(不安のため)
ランドセン(パニックのため)
ゾルピデム(不眠のため)
を服用していました。

スルピリドは、途中から副作用により乳汁が出てきてしまい、服用を中止することに。

そして、ゾルピデムも効かなくなり、別のものに変更することに。

次に、
ランドセン
ベルソムラ(新しい眠剤)
の服用を始めることになりました。

ただ、スルピリドをやめたことで、うつに近い状態になり、途中から、エビリファイを追加することになります。

そして、つい最近、先生と相談をして、エビリファイをやめることにしました。
確か一年半ほど続けてたかと思います。

気持ちに対してのゆとりは出来てきたような気がするんですが、不眠とパニック症状だけは治まらないので、

現在は
ランドセン
ベルソムラ
を服用している状態になります。

薬を減らすということに恐怖を覚えていた時期があった。

治ればいいのにと思う一方で、薬を減らされるということに恐怖を覚えていた時期があります。

スルピリドを辞めることになった時もそうでした。

あの常につきまとってくる不安感、行き場のない恐怖、何に対してもお先真っ暗な考え方…色んなものが再び訪れるような気がしたからです。

6年という歳月の中で、途中何度も、いつになっても治らないじゃないかという苛立ちを抱えたこともあります。

本来の私はどうだったっけ、本来の私なら、こんなことが出来たっけ。
そうやって過去の自分と見比べて、その都度ウンザリして、いっそのこと、治らなくてもいいと気長に受け入れようと思おうとしたこともありました。

美容室も行けない、電車も乗れない、でも仕方ないじゃないかと。

そんな私が、自らの意思でエビリファイを辞めたいと言ったのは、かなり奇跡に近いような気がします。

なぜ、そう思い始めたかは、後半に書くとして、ランドセンとベルソムラを飲んでみて思うことを先に書きたいと思います。

ランドセンを飲んでみて。

私の場合、現在は「頓服」として処方されています。

体調に異変を感じたら飲むし、感じない日があれば飲まなくても良い。

基本的に私の異変の合図は、胸のモヤモヤ感や苦しい感じ、もしくは動悸です。

放っておくと面倒なことになるので、諦めて飲みます。

大体一日に一錠〜三錠くらいですね。
飲まない日は滅多にありません。

ただ、効き目が早いお薬なので、飲めば大事には至りません。

私の中の合言葉として、「まぁいいや」というのを常に持っています。

様々な症状の方がいるとは思いますが、動悸や手の震え、冷や汗など、私と同じような症状が出る方もいるのではないかと思います。

公共の場において、昔はそんな症状が出ること自体が本当に恐怖そのものでしかありませんでした。

だから、「まぁいいや」を合言葉にするようにしたんです。

「どうしよう」と思うと、体調って余計悪くなるもの。

だけど、パニックなんて起こしちゃったら防ぎようがないものじゃないですか。

もしも人様に迷惑をかけるような状況になったとしても、申し訳ないけれど「まぁいいや」と思う。

語弊がありますが、「まぁいいや」と思うことで、人様に迷惑をかけずに済むことがほとんどです。

これ以上具合が悪くなってもまぁいいや。
倒れちゃってもまぁいいや。
私はいつもこうだからまぁいいや。

自分の体質に「まぁいいや」と思うことで、乗り越えられる事が多くなりました。

何もそんなに怖がることは無いんです。

出来れば人様に迷惑はかけたくないし、初めて遭遇する人は怖いと思うかもしれないし、やっぱりそういうのは避けたいところ。

でも、そういう病気なんだと、やっぱり受け入れないとダメなんだと思うんです。

私は「どうしよう」から「まぁいいや」に変えただけで、知らないうちに快速電車が全然怖くなくなりました。

ベルソムラに物申したいこと。金縛り、そして悪夢、倦怠感。

悪夢と金縛り、やめてください。

どうしてもゾルピデムが合わなくて、ベルソムラを服用してるんですが、最近は本当に飲んでも飲まなくても寝れないんです。

変えたい気持ちもあるんだけど、寝れる時は寝れるし…。

ただ、悪夢率高いです。
副作用のようですが、それにしても高い。

しかもおっかないんですよ。
夢が怖くてベルソムラ飲みたくない時があるくらいです。

私は睡眠測定アプリで録音もしてるんですが、飛び跳ねて起きた時に、謎の言葉を叫んでる音声がバッチリ入っていて、その音声がトラウマですw

金縛りに関しては、慣れっこなので、かかったら操ってます。
解き方も分かるのですが、金縛りに関しては放置しています。
(最近は解くのも面倒。すぐにまたかかるし。)

ただ、実生活においてしんどいのは、倦怠感ですね。

7時間効果があると言われてますが、大体残ります。
頭が冴えないし、身体も重い。

結構不愉快な気だるさなんです。

どうせ飲んだって眠れないなら飲まない方がいいんじゃないかとも思うんですが…という考えで、最近は極力飲まないようにしています。

薬を減らそうと思った理由。病気は無いものと思うことにした。

大きなきっかけはハネムーンでした。

飛行機に乗らなきゃいけないという恐怖。
空の上で密閉空間に入れられて、もう私の精神状態はボロボロになってしまうと、本気で思いました。

それでも飛行機に乗らなきゃ海外へは行けないのだから。

その時は、行きたかった気持ちに頼って、勇気を振り絞っただけにしか過ぎませんでした。

ただ現実は、あっさり何事もなく乗れてしまったんです。
薬は飲んだけれど。

それは私にとっては大きな自信になりました。

そのあとも勇気を出して、パーマをしに美容室に行ったりしてみました。
実は何年も怖くて、髪も自分で手入れしていました。

そのうち、何かをしようとする度に訪れる不安を、極力無視しようと思いはじめたんです。

何かあっても「まぁいいや」精神で。

無理をしなきゃいけないわけじゃなくて、やれそうだと思ったら、やりたいと思ったら、病気は無いものと考えて、やってみる。

ほんの小さなことからでも良いと思うんです。

何でもない小さなことも、私たちにとっては大きなことだったりします。

だからこそ、小さなことでも乗り越えられた時の自信って心強いんです。

そうしていく中で、私の中で、エビリファイが無くても、情緒不安定を乗り切れるかどうか挑戦したくなったんです。

本当はランドセンもやめたいけれど、それはまだ無理w

情緒不安定をコントロールするのは、正直かなりしんどいです。
コントロールもくそもないので。

ここ数日もとめどなく不安感が漂っています。

無茶は体に良くないです。
だから、私はいつでもまた、しんどかったらエビリファイを貰う気満々です。

それでいいんだと思うようにしてます。

焦ったってろくなことはないのだから。
あくまでマイペースで、でも少しずつ前向きに。

私、ランドセンの服用をかなり減らせたことが過去にあったんです。
それこそ飲まない日もありました。

それがまた毎晩になり、(今はまた頓服ですが)、かなりショックを受けました。

でも、もうそういうことにいちいち傷つくのはやめることにしました。

焦れば焦るほど、良くならないんです。

ダメならダメでいいじゃないの。
ダメだって、それがイコール悪いことというわけではないんです。

良くなってくるまでに心掛けたこと。

私はおそらく、酷かった時に比べ、今はだいぶ体調が改善されていてきます。

ここに来て、実はあまり喜んではいません。

何かの弾みでまた悪化するかもしれないし、過度な期待をして無茶はしたくないからです。

実際私が良くなってきた過程で、行ってきたことを紹介したいと思います。
(ダメだったことも含めて)

薬を飲むのを我慢する=自分の体調の確認をしようとする。

これはダメなことでした。

自分で飲まなかったくせに、変な悪のスパイラルに陥るからです。

体調悪い→薬を飲まない→悪化する→余計不安になる→どうしようの連発→また悪化する→焦る

こんなことをするのは、自分がどれだけ良くなったか、確かめたいからなんです。

だけどこれは無茶なやり方ですね。

体調が悪い時には素直に薬を飲む方が、メンタル的にも良いです。

病人であることをやめる。

私が最初しんどかったのは、今まで出来たことが出来なくなってしまったことです。

本当に本当に辛かったです。

だから、途端に何も出来なくなったし、何かすることも怖くなりました。

意識改革じゃないですけど、病人であることを忘れるというのは、大変そうで案外簡単です。

普通に生活をするんです。

普通に生活をする上で怖いことってなんですか?

電車に乗ること?美容室に行くこと?

私は共通して、「人前でパニックを起こすこと」でした。

電車そのもの、美容室そのものが怖いんじゃないんです。

人前で自分が自分じゃなくなることが怖かったんです。

そんな姿をさらけ出すのが嫌だったんです。

それこそ「まぁいいや」です。

大丈夫。
人前でパニックを起こしたっていいんです。

「まぁいいや」と思っていれば、案外パニックも起きないものです。

プラネタリウムで息苦しくテンパりましたがw

「まぁいいや」の連呼で、星どころじゃ無かったですw

もちろんそんな時もあるかもしれません。

でも大切なのは、「卑屈にならないこと」だと思っています。

病気であることを「受け止める」のと「受け入れる」のとでは、大きく違うような気がします。

病気を誰かに伝える時、「私は病気だから」と卑屈になるのではなく、「万が一迷惑かけたらよろしく!」位の勢いでいる方が気は楽です。

一般人と同じように生きていく。
これは私にとって一番効果的だったような気がします。

忙しくしてみる。暇な時こそ考え込んでしまうもの。

暇が続くと、余計不安になることが多いんです。

私は幸い多趣味なので、色んなことをやって気を紛らわしています。

ちょっと体調が悪い→休もうとする→余計な不安が襲ってくる→体調悪化

このスパイラルなんですよ。

忙しくしていると、ふと不安が消えている時があります。

他に考えることがあって、不安の入る余地がないという感じでしょうか。

お絵描きしてる時間なんかは、特に集中してて、気が紛れました。

楽しいことを沢山する。ストレス環境から逃げる。

これはなんとも難しいこと。

特にストレス環境から逃げるというのは正直無理に近い話です。

避けようのないストレスなんてゴロゴロ転がっています。

だから、私も実践しきれていないことはあるのですが、関わる人は選ぶように気をつけています。
選べる場合ですけど。

そして、とにかく楽しいことをやってみる。

億劫なんですよね、これがw
実際、楽しいことにも興味持てないというのが実情です。私は。

ただ、笑うことが増えてから、私の体調は良くなっているように感じます。

日々の生活の中で、少しずつ楽しさを見つけていくというのも、自分で出来ることなんじゃないかと思います。

この辛さは自分にしか分からない。それでいいと思う。

私は、誰かに辛さや気持ちを理解してもらおうとするのは諦めました。

「気の持ちよう」と言われることほど、不愉快なものはないから。

「他にも辛い人はいる」と言われること、うざったいものはないから。

私はひねくれてるのかもしれませんw

じゃあ貴様に一体私の何が理解できる?
と思ってしまうんです、私。

心配して言ってくれた言葉なのかもしれない。

それでも、その気持ちを理解出来るだけの余裕を持ち合わせて居ないんです。

誰がどうとかじゃないんですよね。

周りが病気について理解してくれるというのは、とても大切なこと。

でも辛さや気持ちまで理解するのは、とても難しいこと。

自分の病気がどんな病気なのか、それをしっかり理解して、自分と向き合うことが大切なんだと思います。

「パニクったって死にはしない」。
これは私が第二に掲げている合言葉ですw

波が過ぎてしまえば、落ち着くのだから。

確かに生活する上で、常に体調が万全じゃないのは、案外しんどい。

でもそれが私で、それが私の当たり前。

辛くて当たり前。
そこを理解していれば、辛いことに嘆くことが減ります。

ここまでくるのに、何年もかかりました。

でも、私はここに来て、本当に色んなことが変わりました。

私は医者でもカウンセラーでもないけれど、同じ病気で心を閉ざしてしまっている人が居たら、少しでも良くなって欲しいんです。

思ってるほど、絶望的じゃありませんでした。

また、いつかのあの日のように、絶望的だと思ってしまう時が訪れるのかもしれないと、たまに不安はよぎるけど、その時はその時。

もう私も「どうしよう」は卒業したい。

卒業試験…とまではいきませんが、仮免試験の手前くらいまで来ている私は、少なくとも絶望的だとは思っていません。

楽しいと思うこともあります。

それでは、最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

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【ストレス解消法】胸のうちを全て吐き出す。これって大事。

こんにちは。
生きていると悩み事や不安、様々なストレスが溜まっていきますよね。

私は自分自身が診療系の病気を患っているのもあり、ストレスには敏感な体質です。

どうにもこうにも気持ちのモヤモヤが晴れず、塩まじないをしてみたり、占いに頼ってみたりもしました。


なんだかんだストレス解消って、気休めの繰り返しのような気もします。

一気に何かが解決するなんて事はなかなか無いし、周りに与えられているストレスは自分の努力で解決出来ないことがほとんどですよね。

ストレス解消法も人それぞれ、と言ってしまえばそれまでですが、今回は私がおすすめしたいストレス解消法をご紹介したいと思います。

胸のうちを全て吐き出す。

自分が心の中に抱いているモヤモヤやイライラといったものを、全て吐き出すこと。

「全て」というのが大事です。

誰かに話を聞いてもらうだとか、Twitterで呟くとか、ブログに書くとか・・・それでも多少は楽になるかもしれないけれど、本当に楽になりますか?

私はあまり楽にはなりません。

誰かに聞いてもらう、見てもらうって、確かに気持ちを共有してもらうと意味では大事なのかもしれませんが、そこに「人」が絡むと、絶対人って見られ方を意識してしまうところがあると思うんです。

とてつもなくネガティブな方向に暴走しちゃっている脳内や、人には言えないような腹黒さや本音、自己中心的すぎる願望や欲など、そこまで人に話せるかというと、私は話せません。

顔の見えないネットで言うにしたって、誰かの名前を出すわけにもいかないし、言葉も選ばなくちゃいけない。

実名を挙げて言ってやりたい文句、誰にも知られたくないような心の奥底の気持ち、そう言ったものまで全部全部吐き出した事はありますか?

私は旦那に信頼をおいていますが、それでも本当の本当の心の奥底の本音までは話しません。

だって私の心の中って、本当に汚いからw

結論、どうしたかというと、鍵付きの日記アプリをインストールしました。

日記帳 - 10年日記

日記帳 – 10年日記
開発元:LiuMing
無料
posted with アプリーチ

一人暮らしの方などであれば、普通に日記帳でも良いのかもしれません。

ただ、「鍵付き」っていうだけで、完全に一人の世界に入ることが出来ます。

どんなに非道徳的な発言でも、モラルのない発言でも、誰も見ちゃいないし、聞いてもいないんです。

人格を疑われるような事を言ったって、誰に見られることも無いんです。

色んな思いに潰されそうになった時、私は鍵付きの日記アプリに、思うことを全て書きました。

自分が望んでること、自分が悩んでること、全てです。

何も気にせず、思うままに。

完全に一人の世界なので、勿論書いたところで誰が解決してくれるわけでもありません。

それでも、実際やってみたらスッキリしました。

「思いを書き出す」という点では、「塩まじない」や「占いの鑑定サイト」でも同じような事をしてますよね。

本当にしんどい時は、上記2つ+日記のトリプル攻めが結構効果あります。

ただやっぱり「まじない」とかって、多少はモラルをもってやるものだと思うし、占い師に相談と言っても、えげつない事は言えないじゃないですか。

いつでもどこでも、スマホなら書きたい時にどんな事でも書けるので、鍵付きの日記はおすすめです。

思いを吐き出したら、どうなる?

鍵付きの日記なら何でもかんでも書けるけど、具体的に誰かにアドバイスを貰えるわけではありません。

それじゃあ、ただ自分の気持ちを書きなぐってるだけじゃないのか?・・・というと、そんな事も無いです。

書いているうちに、勝手に解決する事が割とあります。

解決とはまた少し違うのかもしれませんが、「馬鹿らしい」「どうでもいい」という感情が出てきたりします。

人の愚痴を書けば書くほど、なんだかその人がどうしようもなくくだらない人間に見えてくるんです。

そんな人間の事で悩んでること自体が面倒になってきたりもします。

普段溜めてきた鬱憤を、どこかで発散しておくって、必要なことなんだと思いました。

逆に、書いていて、怒りが湧いた時は、私は気休めに塩まじないに走ります。

もうこればっかりは仕方ないというか、形のないものにすがって憂さ晴らしです。

だけど、相手のことに限らず、自分のことも見えてきたりします。

自分のダメな部分、直したい部分、なりたい自分像。

欲や願望を書きなぐった時なんかは、特に自分の自己中さ加減に気付きます。
理不尽さにも気付きます。

言いたいことを山ほど書いたら、案外冷静になるもので、この先どうしていきたいのか、どうすればいいのか、落ち着いて考えることも出来ます。

ストレスが溜まるまでに我慢してきたこと。
そこから逃げる選択もあるし、負けない位強くなるという選択もあるんです。

自分自身がした選択で、自分自身をストレス環境下に追い込んでいる=自分次第で変えられる場合もあります。

自分がストレス環境を遮断すれば解放される。
けど、そうも出来ない。
だから余計悩んでいる。

そういうパターンもあります。

本当はどうしたらいいか、どう動いたらいいか、自分の中での気持ちの整理も、全て吐き出すことで出来るものです。

それが「解決」には繋がらなくても、多少の「解消」には繋がります。

カラオケやアロマ、買い物でストレス発散出来る?

趣味も人それぞれになってきますが、カラオケは私の一番好きな趣味です。

見出しに書いたような「カラオケ」「アロマ」「買い物」に限らず、自分の趣味をやる事はストレス解消に繋がるのでしょうか。

私自身、「大きな声を出す」という点では、一時的にストレスは解消されている気がします。

お菓子を大量に買うとか、お絵描きに没頭するなんていうのも、私の中では、「一時的に」ストレス解消になります。

なんとなく疲れてるなぁ、なんとなくストレスが溜まっているなぁ・・・と感じる方にとっては、趣味に走るのもストレス発散法になるのではないでしょうか。

ただ、どっぷりと何か悩みを抱えていて、常にストレスが溜まっているという状態では、あまり大きな効果はないように感じます。

アロマはそこまでの興味が無かったのですが、たまたま実質無料で購入出来るタイミングがあったので、試してみました。

話がわき道に軽く逸れましたが、ショッピングをしたいけど、お金が無いなんていう時には、上記記事にあるような、実質無料の買い物を探してみるのもアリですよ。

まるでA8.netの宣伝かのような記事になってしまいましたが・・・。

ストレス発散なんて、簡単に出来るものじゃない。

そもそも、アロマだとか涙活だとかでストレスが簡単に発散出来ていたら、こんな苦労はしない!と私は言いたいです、正直。

ただ実際、涙を流す事が、人間にとっては一番のストレス解消法らしいですが。

だけど、ストレスの原因が何なのか分かっている人間にとっては、涙を流すのも結局一時的な解消法になってしまうのではないかと私は思います。

というか、私がそうです。

ストレスの原因が分かっている、なのにストレスが溜まる・・・というのは、現状を打破出来ない、現状に留まるしかない状況に居るからだと思います。

私が鍵付きの日記アプリをオススメしているのも、対象となるストレスについて、何かを気にすることなく書き殴ることが出来るからです。

今の現状に対して、自分の思うままの気持ちで意見を言うのって結構大事。

言えないからしんどい、我慢するから辛い、なら吐き出せば良いと思います。

上手にストレスが解消出来ない方は、是非お試しください。

私もストレス解消は苦手ですが、かなり変わりました。

だけど、ストレス解消ってそんなに簡単じゃないのは事実です。

気持ちが多少楽になっても、根源にあるものが解決しないとストレスはつきまとってきます。

自分が変えなきゃいけないこと、自分が割り切らなきゃいけないこと、相手に対しての付き合い方とか見方とか、ストレスの原因に対しての向き合い方を考えていかなければいけません。

様々な思いを抱えて我慢している人も居るでしょう。

案外本音を吐き出してみたら、実は我慢していただけで、本当はこんな事を思っていたんだと気付く場合もあります。

ストレス解消だなんて、そんな簡単に出来ることではなくて、自分の思いや考え、置かれている状況をしっかり把握することがまずは大切なのではないでしょうか。

少しずつ、少しずつの積み重ねで楽にしていくのが、なんだかんだストレス解消の近道なのだと思います。

どうしても無理・・・そんな時は?

ストレスが全然消えない、気分が全く晴れない、そんな時はどうしたら良いのでしょうか。

自力でどうにかならない時は、これ以上頑張らずに他力でいきましょう。

私は記事の最初の方でもお話した通り、診療系の疾患を持っています。

甘えでも何でもなく、無理な時は無理なんです。

何をしてもモヤモヤ気分が晴れない、そんな時、結局私は最終的に、処方された薬を飲みます。

ストレスと上手く付き合おうとするのは大切なこと。
だけど、上手く付き合うというのは、自力だけでどうにかすることではありません。

人の身体というのは、毎日のストレスに耐えられる造りにはなっていないそうです。

毎日毎日のストレスを身体に与えてしまっている方は、無理をする前に、病院へ行かれるというのも一つの手です。

病院に行くほどではないと思われている方や、病院に抵抗がある方は、サプリメントなどもあります。

様々なストレス解消法が、世の中には溢れかえっていますが、何を試しても無理な時、そんな時は、絶対に無理をなさらないでくださいね。

無理をして、病気になったりした時には、人生が180度変わります。

自分の身体は自分で守ってあげるしか無いんです。

それではどうかご自愛ください。

今回も閲覧していただき、ありがとうございました。

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全般性不安障害。それは、私の人生を大きく変えた。

こんにちは。
今回は、私自身のお話です。

全般性不安障害でお悩みの方、自分は何かしらの精神疾患を患っているんじゃないかと不安の方、身近に同じ病気をお持ちの方、そんな方々に読んでいただけたら、光栄です。

全般性不安障害。予兆は山ほどあった。

私が病院に行ったのは、美容室でカラーリングをしていた時に、液の匂いを嗅いだ途端、冷や汗、動悸、痺れ、呼吸のしにくさを覚えたからでした。

行ってみたのは、心療内科。
そして診断された「全般性不安障害」。

正直、病名がつくほどのことだとは思っていませんでした。

全般性不安障害とは一般的に、常日頃から不安な気持ちに悩まされ、それが6ヶ月以上続いている場合に診断されます。

6ヶ月以上?

私が医者から言われたのは、以下のような事でした。

人っていうのは不安な時もあれば、不安じゃない時もある。

不安な気持ちを毎日毎日重ねていたら、そりゃあ体にもガタがくる。

人の体っていうのは、毎日不安であることに耐えられる作りをしていないのだから。と。

思い返してみたら、私はいつも不安でした。

歩いていれば、後ろから誰かに刺されるんじゃないかと。

突然、倒れるんじゃないかと。

会社の人達と昼食を食べてる最中に、吐いてしまうんじゃないかと。

そして、動悸は美容室に行く前から酷かったことも自覚していました。

歩いていると、地面が揺れていることにも気付いていました。

電車に乗ると、呼吸がしにくくなることも分かっていました。

そんな時、いつも手足が痺れていました。

予兆は山ほどあったんです。
それを私は見て見ぬふりをした。その結果がこれです。

最初は二週間分の薬から始めました。

不安を取り除く薬を飲むことで、一旦体を正常な状態に戻そうという、医者からの提案でした。

不安を取り除くことで、体がいつも通りの体になり、それで症状が改善されていくとのことでした。

でも結果は、酷くなる一方でした。

当時、元彼と同棲していた私。

酷くなった私に、医者は彼との生活について聞いてきたのです。

結論、医者は早く別れるようにと、平然と私に告げました。

分かるような気がしてしまったのは、少し寂しいけれど、私も彼がことの原因だという自覚がなかった訳では無かったのです。

その後1ヶ月分の薬をもらった私ですが、家にいることがストレスな私は、結局薬で不安を取り除いても、不安になる環境下で生活をしているので、大して効果を表しませんでした。

私はこの時、(これ以外の表現が見つかりませんが)彼から逃げるための引越しのお金を貯めている最中でした。

その1ヶ月、私は家での眩暈、動悸、とにかく体調不良が酷く、常日頃から胃痛と吐き気を催してました。

先にいつまで薬を飲む生活を続けることになったかをお話してしまうと、発病から三年経った今でも飲み続けています。

全般性不安障害は他の精神疾患も併発しやすい?

元彼との別れの目処がついた頃、ある異変が起きました。

彼のことを考えるだけで、酷い痺れと激しい呼吸、眩暈に襲われるようになったんです。

そして、テレビを見ていると、突然左耳が遠くなるような錯覚に陥りました。

医者に説明をすると、軽いパニック障害と解離症だと言われたのです。

耳が遠くなるのは、自分の心と体をストレスから守るために引き離そうとしているからだそうです。

好きだという気持ちが、実は偽りだったんじゃないかとさえ思えてきてしまった私。

この時すでに、抗不安薬とパニックを抑える薬の二種類を毎日欠かさず飲んでいました。

そして、ようやく彼と別れることになりました。

環境が変われば、病状も変わる

彼と別れた途端、恐ろしい程に自分の気持ちが開放された私は、体調も大分改善しました。

薬も少しずつ減量し、抗不安薬を飲まずに済むようになりました。

実はこれにはまた別の理由があるのです。

不安になる事を抑えてれる抗不安薬。
不安から訪れるパニックを抑えるための薬。

私は、自分が不安になることよりも、パニックが訪れることの方が怖くなってしまったのです。

つまり、パニックを起こすこと=不安の種になってしまったのです。

そのため、私はパニックになった時に対処できる薬を飲むことになりました。

そして、時が経ち今の旦那となる人物と同棲し、結婚をすることになります。

旦那(昔付き合っていたことのある元彼と元さやに戻りました)と出会った時の私は、パニックの薬だけを頓服(症状が出た時だけ)で飲んでいました。

幸せな日々なのに、それでも私はまた、悪化したのです。

職場でのストレス、人間関係でのストレス、もはや理由なんて分かりません。

結果として、パニックの薬は毎晩、そして新たに睡眠薬、毎朝精神向上薬を飲まなくてはいけなくなってしまったのです。

私にとって、これといって思い当たる大きな理由なんてなく、その事も医者に伝えました。

すると、医者は「仕事を辞めることは出来ないのか」と、そう来ました。

生活があるので無理だと言いましたが、要は、今の体で働くのは病気の完治の妨げになるという事なのだそうです。

幸い私は正社員では無いので、かけ持ちしながら、自分が働ける時間に働くというスタンスをとっています。

実際、連勤してしまうと、薬を飲んでいても体調は悪化するのです。

顕著に体に現れるのは、眩暈と動悸です。

環境の変化で、精神疾患は簡単に左右されてしまうものなのです。

一度は週3に減らした勤務も、転職したことを機に、今は週4~5になっています。
(また減らす予定ですが)

少しずつ減らしていけるのが体のためには良いのだと、自分でも分かります。

それでも私は有意義に生きたかった

私の勤務状態だと、生活は厳しいのです。

私は結婚してるので旦那がいますが、裕福な生活とは言えない状況です。

もう少し前の私は、家にいる時も布団にこもって、ぼけーっとした日々を過ごしていました。

でも、もともと多趣味な私です。

お絵描きも好きだし、ゲームも大好き。
細かい事をするのが好きで、言ってしまえば創作活動が大好きなのです。

きっと、元気だったら、仕事に追われて出来なかったこともあるでしょう。

私はずっと、病気=寝てなくてはいけない、遊んではいけないのだと思っていました。

働かざるもの食うべからず・・・ではありませんが、自分の中で、病気になったことを知らず知らずに責めていたのです。

でも、認めました。
これは仕方の無いことだと諦めました。

自分には今は前のような生活は送れないのだと、そう踏ん切りをつけました。

試しに薬をサボってみたら、やっぱり調子は悪くって、そうか、私はまだ病気なんだと。

そしたら、仕事に行っていない自分を許せるようになりました。

でも、それなら与えられた時間を、有意義に過ごしたいと思ったんです。

ずっと描きたかった絵に挑戦してみたり、せっかくゲームをやってるんだから、攻略法をブログに載せてみたり。

今回も、ブログというものが私にはあるから、全般性不安障害のことについて、私の経験談をぜひ伝えたいと思いました。

まだ完治していない私が言うのもなんですが、自分を責めるのはやめにしましょう。

私もさんざん責めました。
働けない自分を恨みました。

でも、無理すると悪化するだけなんです。
治すことが先なんです。

別に悪いことをしてるんじゃないのです。
甘えなんかじゃないんです。

足の折れた人に、走れと言わないですよね。

今、自分を責めている人は、少しだけでも許してあげてください。

全般性不安障害になって、大きく変わってしまったこと

病気にかかる前と後で大きく変わってしまったのは、長時間の車移動が怖くなったことでしょうか。

そして快速の電車。

カラーやパーマをする時の美容室。

要は、長時間逃げ場のない場所に留まることが怖くなってしまいました。

薬は常に持ち歩かないと不安です。

たかが1時間のお出かけでさえ、薬を忘れただけで、この世の終わりのような気分になります。

学生の頃、修学旅行に行っていた私。
きっと今じゃ、あのバス移動は出来ません。

大好きだった、ジェットコースター。
乗れなくなりました。

快速だと楽に帰れる実家。
各駅でとまってくれないと不安です。

知らない人との食事。
息苦しさが半端ありません。

会議のような静かな空間。
めまいが止まらなくなります。

こればっかりは、いつまで経っても悲しいことです。

どうしてなのか、なんでなのか、思えば思うほど悲しくなります。

早く治って欲しいと願いたくもなります。

明日なんて来なければいい

明日消えていなくなればいいのに・・・なんて、そこまでのことは思わなくなりました。

薬のおかげもありますし、一時期よりも体調が良くなったからです。

それでも、明日なんて来なければいいと思ってしまいます。

何をするのにも、不安がまず先にやってくる。
いつもいつも不安ばかり。

考えているとそのうち、明日が来なければ楽なのにと思ってしまうんです。

良くない考え方ですね。

だから私は諦めました。

明日は来るもんなんだと。
だけど、来ない時がいつかやってくるんだと。

その日までは生きていくしかないのだと。

その日までは頑張ってでも生きていかなきゃならないのだと。

話がそれましたが、生死については、私も散々考え尽くしたことがあります。

命を絶つためではありませんが、私の腕には自傷跡が沢山あります。

これも命を絶つためではないのですが、睡眠薬を大量に飲んだこともあります。

ただ、私の知り合いが命を経ったことを知った時、私は残される立場を経験してしまったのです。

そして残された人達を、目の当たりにしてしまったのです。

ダメなんです。
勝手に命を絶つのは。

私は、旦那を一人にさせちゃいけないのです。

上手く言っているとはいえない、私の両親のことも、置き去りにしちゃいけないのです。

私は旦那のために生きていると、言っても過言ではありません。

もっと言ってしまえば、終わりにしてしまいたい人生を、仕方なく旦那のために生きてやってると、その位の気分です。

でも、いつか、そんな日々を続けていって、病気が完治する時が来たら、私は旦那との明日を楽しみにするかもしれない。

明日も明後日も、何か待ち遠しいことが生まれるかもしれない。

今が辛くても、いつかそんな日が来るかも分からないものだから。
と、私はそう思うことにしました。

数年前の私は、本当に明日なんて来ないでくれと、そう思って眠りにつきました。

それでも生きててよかったのです。

今だって辛い気持ちにはなるけれど、あの時よりも前向きだから。

人の人生なんて、いつどこで変わるか分からないものなのです。

良きパートナーを見つけること

私のもともとの病気の悪化は、元彼にあるということを先述しましたが、パートナー選びはかなり重要です。

私の旦那は、正直私の病気のことをあまり理解していないような気がします。

だけど、理解しようとはしてくれてるのだと思います。

だけど冷静に考えたら、全般性不安障害の苦しみって、なった人にしか分からなく無いですか?

誰かにわかってもらおうなんて、それこそ無理な話な気がしませんか?

でも、辛い時にそれを分かろうとしようとしてくれる人が居てくれるというのは、本当に心強いものなのです。

結婚前に、旦那と行ったプラネタリウム。
私は終わる頃には真っ青でした。

綺麗な星空の中、私は自分の呼吸が乱れないように冷静になろうと、冷や汗握って耐えていました。

それを素直に言える相手。
せっかくのデートなんだけれども、素直にそこを話せるってだけで、私の気持ちは楽になります。

旦那さん、心配はしていたけれど、笑っていました。

それでいい、それがいいんです。

話を元彼に戻しますが、バーに飲みに行った時に、私が体調不良を起こしました。

その時に言われた一言が忘れられません。

「人がせっかくいい気分なのに、何ぶち壊してくれてるの?」

全般性不安障害になった方には分かっていただけるかも知れませんが、体調が悪い時、その事を知っててくれる人がいるのといないのでは、雲泥の差がありませんか?

自分一人で体調不良を抱えていると、ますます悪化しませんか?

何かあっても、この人がいてくれる!
そんな人が居るだけで、世界はだいぶ変わります、

私が行っているマインドコントロール

私の場合、パニック障害を軽く併発してるのもありますが、突然前触れもなく、不安な状態に陥ることがあります。

例えば電車の中、人ごみの中。

お医者さんに教えていただきました。

「大丈夫、パニックで死ぬことなんて無いから」

電車でパニクりそうになった時、私は自分で自分を落ち着かせます。

「大丈夫。私はただ電車に乗ってるだけだから」

道端でめまいがした時、他人と過ごしててめまいがした時も同様です。

「大丈夫。なんなら倒れてみろ。その時はその時、誰かに助けてもらえばいい」

いつもいつも、突然パニクって倒れることを想像しては怯えていた私。

でも、そんなのは勝手に倒れれば良いと思うようにしました。

焦ることなんて無いのだと。

それだけでだいぶ楽になりました。

快速も車の長距離も、少しずつ乗れるようになってきています。

そして私は寝つきが悪く、睡眠薬を飲んでも、ほとんど眠れないのですが、寝不足の日の体調は結構酷いのです。

それでも、若い頃オールして遊んでて大丈夫だったんだから、大丈夫でしょ、と軽く流しています。

動悸や眩暈なんてお友達です。

息苦しさはたまに焦りますが・・・・・・。

うまく病気と付き合うのって、考え方もすごい大切なんですよね。

難しいけれど。

こうやって冷静に淡々と私も話しているけれど、落ちる時はとことん落ちます。

でも病気を病気なんだと受け入れた時、少し救われた気になりました。

またいつか、明日を待ち詫びれるように。
またいつか、色んなところへ行けるように。

ゆっくりゆっくり生きていきます。

長くなってしまいましたが、閲覧していただき、ありがとうございました。