本当の愛ってなに?真実の愛って何?

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こんにちは。
ここ最近、なかなかゲームの攻略記事があげられておりません。

そして宅建の勉強もしなければというのに…。

といいながら、今日のテーマは

本当の愛だとか、真実の愛だとか、愛とは何か、私なりに思うことを。

というのも、ちょっとしたエッセイで、愛をテーマにしたエッセイを英語で書こうかなんて話があったのです。

なので英語で書く前に、とりあえず日本語で…と思った次第です。

よく言われる「本当の愛」って何?

本当の愛というのは…なんて定義は様々語られていますよね。

記憶にある中での話になりますが、例えば、

見返りを求めるのは恋、ただただ尽くすのが愛。

連絡が来ない時に疑うのは恋、何かあったのかと心配するのが愛。

こんなことを聞いたことがあります。

とても納得する部分が多いです、私は。

見返りを求めないのが愛というよりも、見返りを求めない二人が育むものが愛なのかななんて思ったりもします。

愛って、別に恋人や夫婦間だけではなく、家族や友人、幅広く意味を持つものだと思います。

愛情表現も様々。

見返りを求めないのが愛、疑わずに心配出来るのが愛だと言うのであれば、私は納得は出来ても、「愛」をまだ知らないのかもしれない。

そもそも、ひねくれたことを言ってしまえば、「愛」に定義なんてあるのか?とも思ってしまうのです。

ただひたすらに、相手に構ってもらうことでしか愛情表現が出来ない人も、それはそれで愛なんじゃないかと。

もっともっとひねくれたことを言えば、愛を語るあなたは、そこまで愛を知っているの?と。

じゃあなんで「愛」について書くんだよwという話になってしまいますが。

私が思うのは、その人が信じる「愛の定義」が、本当の愛の定義なんじゃないのかと思うのです。

周りになんと言われようと、それは愛じゃないと言われようと、その人がそれを「愛」と呼ぶのなら、その人にとってはそれが「愛」なんじゃないでしょうか。

「愛」の定義は変わるもの。

私もそれなりに恋愛はしてきました。

過去、私が本当に大好きだった、愛してた、そう思っていたものが、今となっては不思議に思えてくることもあります。

その時、「これは愛だ」と強く思っていたことが、成長するにつれて、「ただのエゴ」だったんだと思ったり。

「そんなのは愛じゃない」と思っていたことが、「これがこの人の愛情表現なんだ」と思ったり。

私は旦那と結婚する前までに、何回か別れました。

別れてから付き合った彼氏たちを、好きにはなっても、私はどうしても旦那を忘れられなかったんです。

それは、私から旦那への愛というよりも、旦那が私へ与えてくれた愛が、私は忘れられなかったのだと思います。

あの日、あの時、過ごして来た思い出があまりにも幸せ過ぎたからだと思うんです。

それなのに、私が旦那(まだ結婚する前)と別れた時には、「私が愛されてないのだと感じたから」でした。

何をもって「愛」と呼ぶのか、きっと私はこれから先も、その定義が変わっていくように思っています。

些細なことを「愛」と呼んだっていいじゃないか

「愛」というものを大きく定義すると、それはそれは壮大なものになりますよね。

だけど人間って完璧じゃない。

「愛すること」を完璧にこなせる人なんて、居ないんじゃないかと思うんです。

例えば私、洗濯担当の旦那の代わりに、サプライズで洗濯物を済ませておくことがあります。

第一に喜ぶ顔が見たいから。
でもそこに、「ありがとね」って言葉があったら、もっと嬉しい。
別になくても何も思わないけれど、言ってくれたら嬉しい。

これって、多少なりとも見返りを求めてますよね。
でも、「喜ぶ顔が見たい」という気持ちは本心で、それを「愛」と呼んだって構わないような気がするんです。

逆に「ありがとね」と言う言葉をかける旦那も、そこに「愛」があるからそう言うのだと思うんです。

すごくすごく小さなこと、それを「愛」だって思ったっていいじゃない。

小さなことの積み重ね。一人じゃ愛は生まれない

その小さな小さなこと。

お互いがその小さな愛を積み重ねていくから、愛し合えるのだと思います。

相手あっての愛なんじゃないかって。

私からの一方的な愛情表現でも、旦那からの一方的な愛情表現でも、きっと私たちの愛は成立しなかった。

ヤキモチも束縛もないカップルもいる、お互いにガチガチにヤキモチもやいて束縛もするカップルもいる。

お互いが幸せならばそれでいいのではないかと思うのです。

「愛」を語るのは、私には荷が重すぎるような気がしてきましたw

というのも、ふと思ったのです。

ヤキモチを妬かれることで愛を感じる人は、別の部分で愛情表現を確かめるのが苦手なんじゃないかと…。

かくいう私も、比較的「言葉」にしてもらわないとダメな人間です。
自分自身も「言葉」にします。

どんなに態度や行動が「愛してる」と物語っていても、言葉が欲しいのです。

それは、私自身が「態度」「行動」を素直に受け入れられるほど大人じゃないのかもしれない。

じゃあ嘘の言葉でもいいのか?
いいんです。私の場合。

「好き」だと言ってほしい私にとって、「好き」だと言ってくれるその優しさが嬉しいから。

言葉がないと不安な私に、言葉をくれるということが、私にとっては充分すぎる愛なんです。

少し余談になってしまいましたが、じゃあ私自身が「愛」というものを知っているのかについて…。

お前は「愛」がなんだか分かってるの?

いいえ、わかりません。

収入が安定しない旦那。
私は充分愛を与えられてると思っています。

でも中には、愛してるならちゃんと稼ぐべきという意見もあります。

そう、様々な意見があるんです。

きっと、16歳には16歳の愛が、25歳には25歳の愛が、38歳には38歳の愛があるんです。

年齢だけじゃなくて、彼女には彼女の愛が、別の彼女には別の彼女の愛が、様々な愛があるのだと思います。

一言で言えないから、恋愛は難しいんじゃないでしょうか。

これが愛だと答えがあるのなら、人はこんなに苦労しない。

裏を返せば、「愛の定義」を決めつけてしまうことは怖いことなのかも知れませんね。

私が理想とする「愛」

色々な意見がある中でも、私の中では、理想というものがあります。

それは、どんな状況下でも楽しく過ごせること。

その人がその人でいる限り、環境が変わっても、変わらず愛していけるような「愛」を私は身に付けたい。

そして、どんなに不器用で下手くそでも、相手に「幸せ」だと思ってもらえるような「愛」を持っていたい。

今回は大分恋愛にフォーカスした話になってしまいましたが、そうに考えると親ってすごいですよね。

親の気持ち子知らずじゃないですけど、大人になってから気づいた、親の愛情って結構あります。

親子間と恋愛はまた違うのかもしれませんが。

ただいずれにしても、自分も「幸せ」、相手も「幸せ」、お互いが「幸せ」であることが、「愛」なのかもしれないと思います。

私ごときが愛を語ってしまいましたが…

最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

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